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114.陽だまり

 景介(けいすけ)の手が右の上(まぶた)に触れる。 「ふふっ、(くすぐ)ったいよ」 「もっとこっち」  促されるまま顔を寄せる。鼻先が触れ合う。口付けるのかと思えばそうでもなく、ただひたすらにじっと見つめてくる。ルーカスが愛して止まない絵を描いている時に見せるあの目で。  ――描きたい。  ――今すぐにでも。  眼差しと共に情熱も流れ込んでくる。だが、応えるわけにはいかない。療養が最優先だ。最早言えた口ではないが。 「ああ、悪い。眠いんだろ。寝ていいぞ」  事後はいつもそうだった。 「ん……っ、ごめん……」  頭を撫でてくれる。正直なところこの時間が一番好きだ。幸福を(かたど)った(たま)を胸で転がしながら眠りの淵へと向かっていく。薄れゆく意識の中、最後に目にしたのは星々が瞬く美しい夜空だった。  ――3か月後  ルーカスと景介は春のうららかな日差しを受けながらそれぞれの作品を手に向き合っていた。テラスを囲うようにして植えられた菜の花達はさながら参観日の保護者達のように浮足立っている。  ルーカスはカーキ色のカーゴパンツに、白のパーカー。景介は黒のアンクルパンツに白いシャツ、その上に紺のロングカーディガンを羽織っている。例のギプスは外れ、左手首からは白く美しい時計が顔を覗かせていた。 「いい天気だね~」  言いながらパーカーの前ポケットに左手を突っ込む。それがそこにあることを確認してほっと息をついた。 「出さねえなら俺からいくぞ」 「ああ! ごめん!」  一呼吸置いてからガラス製のシンプルな写真立てを表にする――。

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