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37.白渡一喜

 ――その後、1時間もしない内に景介(けいすけ)の父・一喜(かずき)が帰宅した。黒のスーツに白のワイシャツ、紺のソリッドタイを締めている。    彼はルーカスの目を見るなり驚いたが、直ぐに綺麗だと言って褒めてくれた。一方で同情や憐れみといった感情も受け取る。彼もまた人の親。両親と同じ目線に立って色々と思いを巡らせてくれたのだろうと思う。  軽く雑談をした後、一喜も含めた三人で食事をした。出てきたのは市販の弁当。話題の中心となったのは父・アーロンとの旅の記憶。3年前のことを話しても誰の得にもならないからだ。寂しさを(つの)らせながらも、気持ちを切り替えて話をしていく。 「いや~、お陰で旅行気分を味わえたよ。体はここにあるのに。ふふっ、何だか得しちゃったなぁ~」  一喜はそう言って朗らかに笑った。マイナスな感情は一切伝わってこない。 変わらぬ人柄にほっとする(かたわ)ら、彼と景介とを見比べた。丸い大きな瞳はどこか母性を(くすぐ)る。景介と同じく美男の部類に入るが、系統はまるで違う。キュートとクール。まさに真逆。景介はやはり母親似であるようだ。改めてこっそりと実感した。  ――紺色のシーツに寝転がり、同系色の羽毛布団を手繰り寄せた。甘いラベンダーの香りがする。いい匂いだ。 「ったく……」  景介だ。上下黒のスウェット姿で照明のリモコンを手にしている。機嫌は(すこぶ)る悪い。こんな時、自分は気の利いた言葉の一つも言えないのかと小さく肩を落とす。  こうして同衾(どうきん)をすることになった理由。それは(ひとえ)に一喜に押し切られてしまったからだ。土砂降りの中、無理に帰宅などしては風邪を引く。そう思い宿泊を提案したというのにリビングで寝られては意味がないと。  無論、景介も食い下がった。だが、一喜も(がん)として譲らず――結果今に至る。柔和に見えて意外にも頑固であるようだ。 「わっ……」  暗闇に包まれる。いよいよか。反射的に息を止めたが彼は一向に動こうとしない。 「もっと奥行けよ」 「あっ、うっ、うん……」  体を隅に向けて動かした。 「痛ッ! あっ、あれ……?」  壁があるせいで思うように距離を取れない。 「ごめん。これが限界かも」  小さく舌打ちをされる。ここまでか。諦めかけたところで布団がふわりと宙に浮いた――。

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