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87.蕩ける空(☆)

 驚いて顔を上げると目の前に景介(けいすけ)がいた。デジャブだ。後ずさると少々乱暴に引っ張られる。マフラーを掴まれたようだ。唇と唇とがぶつかり合う。 「ン……っ! けっ、ケ、イ……っ」  酸素まで奪い取られていくようだ。 「んぅ……はっ……へっ……?」  底なしに深まるかと思いきや唐突に止む。 「…………」  無言のまま至近距離で見つめてくる。吐息が絶え間なく鼻先を、唇を撫でていく。 「はっ……、けっ、ケイ……っ」  (とろ)けた熱い夜空に呑まれる。そのうちに腕を引かれた。  気付けば家の中。カーテンを閉め終えるのと同時に唇を奪われる。 「はぁぅ……んんっ」  舌を吸われ、一層(なま)めかしい音が立った。流れ込んでくる唾液は(むせ)返るほどに甘い。背を掴んで緩く吸い返す。――と、鈴の音のような笑みが鼓膜を揺すった。縛り付けられていく。透明な鎖で。動けなくなる。転んだまま。道のど真ん中から。 「んっ……?」  何か落ちたようだ。軽い。布か。見ればコートとブレザーが脱ぎ捨てられていた。 「ルー、ルー……」  手を取られ、シャツの中へと誘われる。細く、やわらかで、なめらかな感触がする。隆起(りゅうき)した筋も、縦線もない。これが今の景介だ。 「……はっ…はぁ……ぁ……っ」  身じろぎ(あご)が上向く。白い首筋にはうっすらと汗が(にじ)んでいた。 「あっ! まっ、待って……っ」  白い手が太腿(ふともも)に触れる。そのままラインをなぞり中心へ。 「あンっ……! はぁっ……んッ……」  感触、体温を味わうようにゆっくりと揉まれる。堪らず(あえ)ぐが体は依然強張ったままだ。 「……ごめんな」  伏せられた目。眉間には(しわ)が刻まれている。 「っ、えっ……? なっ、何で? 何でケイが謝るの?」  知らないはずだ。一切口にしていないのだから。 「大丈夫だ」  微笑んでいる。真意がまるで掴めない。 「今日はちゃんと――ッ!?」  ――シャッター音が鳴り響いた。  ルーカスではない。両手を上げてそれを示した(のち)、恐る恐る音がした方を見る――。

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