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89.君である訳

 全身が強張る。とんだ勘違いだ。自惚れも(はなは)だしい。まだ足らない。未熟なのだ。言ったところでそれはやすく、父の心にも母の心にも到底届くものではない。 「違うんだ。これはっ……ケイと二人っきりだったからで……」 「……そうか」  父は笑顔ではあったが声には明らかな落胆が(にじ)んでいた。 「~~っ」  深く頭を下げて謝罪する。 「ごっ、ごめ――」 「俺は綺麗だと思っています」 「っ!」  声がした方を向く。景介(けいすけ)は凛とした、それでいて穏やかな眼差しでルーカスを見ていた。 「この世の誰よりも、何よりも」  全身に力を込めて天を仰いだ。気を抜けば溢れてしまう。深く息をつくと鼻を(すす)()が聞こえてきた。向かい側に立つ父からだった。  ――泣きながら笑っている。  あの日の一喜(かずき)と同じように。 「……そうか。だから、ルークでありケイなんだね」    父は母を一瞥(いちべつ)し、景介に目を向ける。 「ルークのことこれからもヨロシクネ。世界中のみんながシットするぐらいシアワセにしてあげて!」 「…………」  ――告白した際、景介はルーカスに問うた。自分もルーカスのように思う心を力に変えてもいいかと。 「はい。一生をかけて幸せにしてみせます」  力強く響く声。真っ直ぐな眼差し。迷いは微塵も感じられない。より頼もしくなった景介を前に瞳が()ぐ。 「セッシャはきっと世界でも五本の指に入るぐらいのシアワセモノなのだろうね。こんなにもステキで、愛らしいムスコ達にカコまれているのだから」  言いながらルーカスと景介を抱き締める。父のスパイスの効いたジンジャーコロンと景介のラベンダーのような香りとが混ざり合い溶け合っていく。 「…………」  心地よさに身を任せて目を閉じた。夢でないことを切に願いながら。  ――どれほどの時が過ぎたのだろう。ぼんやりと思い始めた頃、父の体が離れていった。父は未だ多幸感に浸っているようだ。もっともっと喜んでもらいたい。父が求めるレベルには至っていない。けれど、確実に前進している。そんな自分を見てもらいたい。その一心で母のもとに向かい、彼女の隣に置かれた写真立てを手に取った――。

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