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菖蒲-2

 しばらくは塾で圧倒的な伸びを見せていた中基(なかもと)だったが、僕の成績が伸び始めた頃、中基のほうはやがて伸び悩み、そして彼は、徐々にを始めた。  顔色が悪くなり、やたらとイライラしてまわりにあたるようになった。仲間にちやほやされていた中基は、だんだんと孤立していった。  成績はガタガタ落ちて、数か月前から塾にも来なくなった。中基(なかもと)と同じ学校にいる知り合いによると、学校にも来なくなったらしい。 ――『精神病院かどこかに、入院したらしいよ。』  確かに塾に来なくなる直前の中基は、なにかをブツブツつぶやきながら一日中ニヤニヤしていて、気持ちが悪かった。 『なあ、クスリ分けてよ。』  中基(なかもと)は僕に言い寄ってきた。彼が最後に塾に来た日のことだった。 『…無くなったの?』 『うん。』  目の焦点が定まっていないようで、様子がおかしかった。 『…きみ、もう、クスリやめたほうがいいよ。』  僕が言うと、中基(なかもと)は途端に見たこともないほど怖い顔つきになった。 『簡単に言うなよバカ!とっとと死ね、カス!』  中基は突然僕を大声でののしると、ほかの知り合いのほうへふらふらと歩いて行ってしまった。 …このまま続けたら、自分もああなるのかな。 …いや、中和剤なしで急に薬を断つと、ああなるのかもしれない。 ―― 『やめたいときにいつでもやめられる』  そう言っていたのに、中基(なかもと)は中和剤を購入するためのパスコードを教えないまま連絡を絶ってしまった。サイト内やネットを検索してみたけど、どのクスリが中和剤なのかさえわからなかった。  いや、もしうまく見つけられたとしても、その中和剤が今使っているクスリよりとてつもなく高価な代物(シロモノ)だったら?  だから中基も、手に入れることが出来なかったんじゃないか?  中和剤の入手は困難。  でも、自力でやめようとすれば自我の崩壊の危機。  そう考えるとますます絶望的な気分になり、またついクスリを飲んでしまう。悪循環きわまりない。  知り合いのなかには僕みたいにクスリから安全に卒業したがってるやつもいるはずだけど、僕を含めて自分から言い出す者はいない。実際にクスリを使っていることを自白するようなものだから。  でも、クスリが買えなくなったのか、見るからにイライラしてるのが瞭然なやつもいる。  いや、僕もそうだったかもしれない。 ――に、会うまでは。  皐月さんは、僕に、高価なクスリをタダでくれる、かなり変わった人。  クスリは、購入から3ヶ月間はとしてが利いていた。  でも3ヶ月を過ぎてが利かなくなると、とたんに金額が跳ね上がった。  そのころには一度上がった成績が伸び悩んで、というよりは、逆に落ち込み始めていて、僕はかなり焦っていた。アレが無いと不安でイライラするようになっていて、勉強が手につかなくなることもしばしばあった。  しばらくはにだまって自分の貯金を崩してまでクスリを買っていたが、そう長くは続かない。だいいち、バレたときの言い訳が面倒だ。  皐月さんから連絡があったのは、クスリを始めてから5ヶ月くらいたった、そんな頃だった。  皐月さんとは、それから、月イチ程度に会っている。僕の「安定剤」のために。  皐月さんが、どうして僕がクスリを飲んでることを知っていたのか、どうしてそれをタダで僕にくれるのか、わからない。ほかにもメールを受け取っているコはいるんだろうか…。  最初に会う前、消えるちょっと前の中基(なかもと)に聞いてみたけど、彼も知らないふうだった。 『タダでクスリくれるのマジで!え、連絡先教えてよ!』 『…いや、噂だよ、ウワサ。』 (皐月さんからのメールには、誰にも話してはいけないとあった。) 『なんだよ!マジ期待させんなっつの!』 (中基はこの時も、すでにやたらとイライラしていた。) 『まあ絶対怪しいけどな、そんなのは。』  中基はそれだけ言って、やがて消えた。 …僕だって、怪しいことくらいわかってたよ。 …でも皐月さんは、僕のメルアドだけじゃなく、の名前、学校名、クラス、出席番号まで知っていて、…誘いを断ることなんて、できなかった。最初の誘いは、脅迫に近かった。  皐月さんは…嫌いだ。 …もう会いたくないと思うのに、クスリが切れてきたころにメールが来る。 …そして僕は、皐月さんに逆らえないこともあったけど、結局は、「安定剤」が欲しくて、…皐月さんの指示どおりの時間、指示どおりの場所に行く。…そして……  皐月さんは普通じゃない。  僕がクスリをやめたくなったのは、皐月さんが現れたからでもある。  怖くなった。自分が。 (今日は、中和剤のことを聞き出さなければいけない。)  中基(なかもと)が消えた今、僕にとって中和剤を入手する手段を知るすべは、皐月さん以外にない。 (必ず、安全に、クスリを絶つんだ。)  僕は中基(なかもと)とは違う。ああはならない。  僕の人生は、不安定ながらも、これからも飛行を続けていって、墜落だけは、絶対にしない。  そしていつか、僕の実力で見返してやるんだ。  学校や塾のやつらを。  を。    ---------→つづく

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