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第6話

「あ、待って、ユキがやるから……っ」 「悪いけど無理」  俺に奉仕するのがお礼と決めているのかもしれないけれど、さすがにこれだけ焦らされればこっちのスイッチだって入る。  まだ受け入れた俺に慣れていないらしくじりじりした動きで煽ってくるユキを待っていられず、勢いをつけて上半身を起こす。そして戸惑うユキを抱きしめるようにして手を回すと、そのまま動くのを促すようにして揺さぶった。慌てて俺に抱きついたユキが、俺の動きに従って腰を揺らす。 「あ、あぁ、んっ、にゃ、あっ」  さっきまでは意識してつけられていた猫の鳴き声が癖になったのか、ユキが今までで一番自然に鳴く。不意打ちで俺に突き上げられ、体を支える足に力がこもらず好き勝手に揺さぶられるせいで快感に制御が利かないんだろう。  そして、近づいた耳元で甘ったるい声で鳴かれれば、こっちだって理性を投げ捨てるしかない。こんなの冷静になった方が負けだ。  腰を打ち付ける音とそのたび響くぬめった水音と、甘く溶ける鳴き声と。  どうしようもないくらいリアルなくせにどこか非現実的なセックスは興奮と快感しか生まない。 「はっ、はっ」  自分の呼吸音がうるさい。こんな風に熱中したことなんて今までなかった。物理的な刺激以上に、感じているユキの姿に刺激される。  無意識のうちに逃げようとする体を捕まえ奥まで抉るように突き上げると、口でもう無理だと言いながら体は全力で求められてその体の隅々まで快感で支配してやりたくなる。 「ユキ、ちゃんと奥まで受け止めて」 「ん……にゃ、あ、あんっ!」  言葉通り俺を中に受け止め、ユキは一際大きく体を震わせてイった。いや、出してはない。  びくびくと体が痙攣するように跳ねているけれど、実際射精していないせいで熱が逃げないんだろう。ユキの目はとろんと濡れたままだ。むしろより高まったのかもしれない。 「……ユキがヨージのこと良くしたかったのに」 「十分良かったけど」  すっきりして少し冷静に戻る俺と違い、まだ本当の意味で終わっていないユキは、不満げに俺を睨んで俺の上から降りた。けれどそれは終わりの合図ではなく。 「ヨージのこともっとちゃんと良くしたいから、もう一回するにゃん」  寝そべるようにして腰を高く上げる正しき猫のポーズで再び誘われて、今収まったはずの熱がむくむくと蘇る。  この格好で後ろからなんて、まるっきり交尾じゃないか。そんなの、したくない男がいるはずがない。いや、ここで責任転嫁するものじゃない。  俺はしたい。それが素直な気持ち。  さっき断った自分が信じられない思いで腰に手を添え後ろからのしかかると、ユキは甘えるように「にゃあん」と鳴いた。  その夜、雪の降る外がどれだけ寒かったか、どれほど雪が積もったは結局わからないままだった。なんせ俺たちはまったくそれどころではなく、暖かい部屋の中でただひたすらに相手の体を貪っていたのだから。  次の日、目が覚めるとユキの姿はもうどこにもなかった。  腕の中に暖かさはなく、シーツにもぬくもりは残っていない。  だるい体を引きずるようにしてカーテンを開けて外を見れば、暖かい日差しのおかげで積もっていた雪ももうだいぶ溶けてしまっている。  あれだけ降っていた雪はもうなく、それと一緒に現れたユキは最初からいなかったかのように痕跡を残していない。  あまりに跡形もなくて、まるでユキも雪と一緒に溶けてしまったみたいだ。  ……なんというか、自分でも驚くほどの喪失感がある。猫だろうが雪だろうが抱き合ったのは確かなはずなのに、その証拠がどこにもない。まるで本当はそんな時間なかったかのように。 「猫の恩返し、か……」  もしかしたら俺が知らないだけで、世の中にはそんな話も時たまあるのかもしれない。  なんて終わったら、それはそれでいつか忘れる一時の夢だったのかもしれないけれど。  それが夢じゃないというのがわかったのは、残念ながらその姿を忘れるにはまだ早い、なんなら日々のオカズにしているせいでまったく記憶が色褪せないその一週間後のことだった。

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