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朱と梔子それと緋
◆◆◆
俺は親父と母上の最後にして本当の子として生まれた。
親父と母上はその持つ力や、神格などから『神 』から激しく睨まれ、良くないものばかり産まされていたらしい。
様々なことを模索し、伯母上の耳長 族の力を借り、俺を産むことに成功した。
だが、産まれて来た俺も『神』の大きな祝福 を受けた。
生まれて暫くは【域】に隔離され、漸く外に出られた俺は、様々な【縛】りを親父と母上から受け、そのうえ耐え難い衝動や欲求、孤独に悩まされた。
周りの皆が、俺を怖がる、恐れる。
触ると皆、壊れた。
話す言葉は全てが呪いとなり、俺の望む望まないに関わらず、それが本当になった。
こんな俺に関わることができるものなど無い。
そのまま幾年か経ち、やっと俺の周りに従者などが付くようになった頃、
一族の長老格の者たちは俺を危険視するようになった。
あいつらが言うには俺は欠陥だらけで、特に情緒に不安がありすぎるらしい。
親父の閨に籠もっていてばかりの母上が恋しくて暴れ、周りのものを壊した。
目につくムカつく俺の変な兄や姉を【消去 】たり、喰った。
腹が減ったら適当にそのへんの【青】い変なやつを潰して喰った。
俺に寄ってくる女も男もΩ もα も適当に相手にして、抱いて壊したり、潰して喰った。
そんなことを繰り返していたら、母上から物凄く怒られた。
「良いですか、このアホ!お前はもう少し、周りに優しくしなさい!
全く、こんな調子ですからお前の従者に私の民であるΩを付けれません。
いつかお前の伴侶になるものの為にも、もう少し我慢などを覚えなさい!!」
「俺はやさしくさわっている。なでている。
あいつらは俺におびえすぎている。なんでなんだ?
あの変なやつらを喰うのは、いつもはらがへってる。もの足りない。しかたがない。」
「この子はもう……」
母上は凄く困った顔をした。
俺の大好きな母上。
いつも恋しくて俺は泣く。
けれど会えない。
親父は怒ると殴ったりする。
俺が暴れたりしたら後で折檻をするから腹が立つだけだ。
母上だって独り占めする。
母上は優しい。
【白菊 】の良い匂いがする。
怒ってもその後は優しく抱きしめ、俺の頭を撫でる。
今もそうだ。
「良いですが朱点、いつかあなたの伴侶になるものには、本当に優しくしなさい。
今のように乱暴に抱き潰して殺してしまったり、お腹が空いたからといって血を飲みすぎたり、食べてはいけません!」
いつも言われている事だ。
肌寂しくて、こいつらを抱いてやる。
それから腹も減ったから貰う。
気がついたら死んでいたりする。
さらに母上は俺を諭す。
「多分ですが、旦那様と私の力を、同じくらい強く持っていますが、あなたの『運命』はΩでしょう。」
『運命』がΩなら俺はαになるのか?
でも、俺はどちらかわからないと皆が言う。
「私が旦那様にされている様に、お姫様として大事に大事にして可愛がってあげなさい。
あなたを惜しみなく与え、仲良く暮らしなさい。
そのものはあなたの、あなただけのお姫様ですからね。」
母上と親父みたいなそんな仲良くできるやつがいるのか?
俺を怖がらない、恐れない、怯えない。
そんなお姫様が?!
「俺にもいるのか?」
母上は俺に優しく微笑みかける。
「絶対にいます。私には視えます。私と旦那様の可愛い子、だから安心しなさい。」
そう言って、また抱きしめ優しく撫でてくれる。
──こんな風にいつも言われてきた。
だから百合 を見つけた時はそのとおりにした。
◆◆◆
色々とまわりから恐れられたり、母上から叱られたり、たまに親父から折檻されたりしながら俺は大きくなった。
確か、百を超えて少ししたくらいに俺は『運命 』と出逢った。
その頃には俺の相手を出来るのは、親父の腹心の部下の子で、乳兄弟の茨木か、側近についていた【四家】の祖となるもので、四童子と呼ばれる奴らしかいなかった。
その日は親父が俺の妃にするやつを呼んで、見極めるとか言っていたが、興味がなかったので抜け出し、
腹も減っていたから、池にある鯉を持って帰り料理してもらおうと思い、捕まえたところだった。
不意に、俺を誘う様な物凄く惹かれる匂いがした。
それはいつぞやの狩りの帰りに、緋 から微かに薫ったものだった。
そう遠くないところに『それ』は居るようだ。
匂いを辿り、桟橋近くで鯉を見ている『それ』を見つけた。
「見つけた。」
まだまだ幼いが既に成熟したらしい、Ωの出す香りを放つものに声をかけた。
そいつは母上と似たような色合いの銀色の髪を、腰下まで長く伸ばし、母上や俺の片目と同じ銀色の眼をした、物凄く俺好みのかわいいやつだった。
色白で母上にも似てるし、小さくて可愛いところもわりと俺の好みだった。
容姿 の美しさに目を奪われたが、
何より…その魂 に惹かれた。
近寄り難いまでの貴いその魂。
こちらのものなのにあちらの色を纏い、それでいてどちらも丁度良く混ざり、奇跡のように美しい。
これをずっとそばで見ていたい。
愛でたい。
そこからはこみあげる感情のままに、お前を連れ込み、
番にした。───
『【青】か…俺に対する評価が辛いとこだな。仕方がない、既成事実を作ろう!』
四童子の一人がした事を真似た。
母上が言うには出来にくい子供も『運命』なら、わりとすぐに出来る。俺は【呪】を使いさらに確実にした。
『はじめては前からの方が良かったか?お姫様。』
お姫様は現実離れした夢想家で夢見がちだと母上が言っていた。
理想があったのに本当に悪いことをした。
『俺の子を孕め。そうすれば流石に【青】の奴らも許すだろう。』
少し強引な手を使ったがどうしても欲しかった。
俺の子を沢山産んでくれ、それでみんなで仲良く暮らしたい。
『俺のお姫様、美しい白い百合。お前の【華】もその匂いも俺は好きだ。』
お前を、抱いているときに見たその【華】の美しさにも惚れ、
お前の発言を受けて、その身に俺の印をつけたくなった。
『お前に綺麗な角をやろう 。』
その項を見てそこに噛みつきたいと、はじめてαのその欲求が湧いた。
発情期開けのお前に散々罵倒されたが、その角はお前の綺麗な銀髪にやはりよく似合う。
『お姫様、お前はまだまだ弱っちい。俺が全力でお前を可愛がったら、壊れる。だからお前に俺の【華】をやる。』
── 朱の名のもとに ─ に【華 】を与える。──
そして、お前に縛られたくなった。
まわりは俺がお前を縛り、好きなようにしていると思っているが、俺はそれを望まない。
生まれた時から縛られ続けた俺が、それを愛するものに与えるのは嫌だった。
俺の愛は縛らない。
俺からはお前を縛りはしない
何でも許す、全てを受け入れる。
俺はこれからずっとお前を大事にする。
俺は【華 】に誓う。
惜しみなく俺を与えてやるから早く、強く、大きくなれ。
仲良く一緒に暮らして行こう。
それで俺の子を沢山産んでくれ。
皆で仲良く暮らしたい。
お前とずっと仲良くしていたい。
俺を怖れない俺だけのお姫様。
お前をお前だけをずっとずっと俺は愛するから。
だから早く、俺のところに堕ちて来てくれ。
◆◆◆
初めての発情 した為か、懐かしく新しい夢を見た。
俺のお姫様と出会い、初めてαとして目覚めたあの時から、
俺はずっとお前に囚われている。
縛られている。
お前を悩ませ、苦しめるものは俺が始末する。
それらを始末する為に俺は動く事にする。
先程まで交わり、疲れ果てた俺のお姫様は夢の中だ。
「お前の憂いを晴らしてやる。」
隣で寝ているお姫様の頭をそっと撫でてから部屋を後にする。
──心置きなく俺のもとに堕ちて来れる様にする為に。
◆◆◆
先を急ぐ俺の前方に金色の髪の女が見えた。
茨木 だ。
足を止め、問いかける。
「俺の邪魔をしに来たのか?」
「いえ、必要ならお供致します。」
「要らん。」
短い会話の中に強い拒絶、そしてそれを強く促す【呪 】も込める。
「…私ではそれに足りえませんか。」
こいつの想いを受け止めることなど出来ない。
ずっとそばで支えてくれていた姉のような存在。
俺がはじめての欲求に苦しみ始めた頃に、自分からすすんで身を差し出した。
肌寂しさを慰めてくれた。
その優しい【黄】の魂 に孤独も慰められた。
だが、こいつは俺のところに来てはいけない。
それだけは嫌だった。
こいつとの間にある情は親愛というものだろうか?
色々とそれ以上のことをしてはいるが、俺と同じにしたくない。
これからすることは『神』に睨まれる。
お前も百合も巻き込みたくない。
これも我儘が過ぎるな。
「すまない、梔子 。それには【応えられん】。」
こいつの本当の名でそれを告げた。
「若!簡単に謝罪をしてはいけません。あなたの言葉には強い力がある。どんな言葉もあなたが話せば本当になる。だから駄目ですよ。」
気づいたかと思う。
だが、いつものように柔らかく微笑む。
「無事のお帰りをお待ちしております。」
「百合 を頼む。」
「畏まりました。」
このやり取りでこいつの中にあったものは消えた。
こいつが告げようとしたことも、その想いも、俺に伝える前に消した。
やり方は酷いかもしれないが忘れてほしい。
お前を初めて抱いた後にお前が望んだものは、俺から【名】を与えられることだった。
『なぜ欲しい?』
『貴方様の眷属 になりたいのです。』
『構わんが俺は酷い名をつけるらしいぞ?』
── 朱の名のもとに【黄】の名を与える。──
中指の先を額に付け、【祝福】を与えてやる。
──『茨木 』──
『梔子。お前は今日から俺の眷属、茨木だ。』
『はい!朱点 様。より一層この身を賭してお仕えします。』
『お前は硬い。』
母上からもその感性が酷いと言われた、俺が付けた名を気に入って使ってくれた。
俺の眷属だから、いばらとお前の色でイバラキ。
我ながら安直だった。
あの時から知っていた。気づいていた。
だが、応えれなかった。
俺にはお前は選べないし選ばない。
例え運命でなくても俺は百合を愛するだろう。
だからお前にはきっと永遠に応えられない。
「茨木 に【良き縁を】。」
そう呟き、俺は道を急ぐ。
◆◆◆
皇宮への帰路についた私の前に、旧友が声をかけてきた。
「ほんっとに酷い男だなぁ…ヤツは。」
目の前の友人に合うのは何年ぶりだろうか?
五年ぶりくらいだったか?
「──。久しぶりですね。見られてしまいましたね。」
「君の様な善い女を振るなんて、アホとしか言いようがないね。それから、その名はアイツが消したから、使えないんだ。
今は緋 。ヨロシク。」
軽く、手を上げてこちらに挨拶する。
美しい紅い髪と金の瞳の豪奢な美女。
この友人は、なんというか掴みどころがなく、常に先を視ているかのような言動をする。
「うーん、うちの可愛い弟の為に帰ってきたけれど、友人の為にも一肌脱いじゃおう!」
顎に手あて何か考え込み、手のひらをポンッと打って、そんなことを言った。
「緋、一体何のことかしら?」
「うん。梔子、君の『運命』は運命じゃないけれど、善いオスだよ!君はアイツがメスだったときの婿候補だったけれど、その繋がりは完全に断たれた。」
「やはり先程のはそういうことですね。」
私はあの方にメスとして愛されたかったから、そちらは望まない。
なかなか消化しきれない気持ちも残っている。
感情も一緒に消してくれればよいのに、そういった器用なことは出来ないのだろう。
もしくは、主は人の心の機微にとても疎いから、わからないだけだろう。
「そんな友人に私はプレゼント…あー、贈り物をあげよう!」
「はい?!」
「本当は新しい出会いとか、そういったものにしたいところだが、君は気持ちの切り替えができない。なのでそのお手伝いだ。」
そう、言うな否や彼女は私の額に何かを描き、口づけを落とした。
「え?えぇ?!エッ!!」
突然のことに驚く私を意に介さず、友人は話す。
「【ᛇ [死と再生]】を贈った。腐れ縁とバイバイ…かな?
色々と転換の時期に来ているんだよ。すぐに忘れるのは無理でも、それが君の助けになれば…ね?気休めと思ってくれたらいいよ。」
決して押し付けてはないと言うことを念押しする友人。
その気持ちがありがたい。
「…ありがとう。」
「んー、ごめんね。私のせいかもしれないし、うちの弟が恋敵で本当に申し訳ないね。でも、君も今度は自分で『運命』を掴むんだよ。弟と朱にも『自分で掴め』って贈り物をした。」
「百合様もですか?」
「うん、母との約束でね。今回帰ってきたのもあの子の為。なので暫くはよろしくね。」
嫣然と微笑む友人。
昔のように二人で話しながら帰るのも悪くない。
「恋も愛もひとを変えるし狂わせる。私だって鬼を捨てた。アイツもちょっと賛成できないことをしているよね?」
「あ…知っているんですね?」
「私の伴侶がね視たから来た。まぁかなり怒っているよ。」
そう言って微笑むが目は笑っていない。
「しっかりと詳細を教えてもらうよ。」
「わかりました。」
「皇 様や后陛下はご存知なのかなぁ?」
「いえ…まだかと。」
「アイツは嘘はつかないが意図的に話さないのも良くないな…」
このまま彼女に尋問されながら帰るのだろうか?
頭の中を覗かれているような、心を暴くような、そんな力を彼女は持つ。
今日は私にとってのとんでもない災難の日であるみたいだ。
主の従者になったときから、私もあの方に振り回され続けている。
それにその日々はまだまだ続くみたいだ。
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