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「部屋に行ってもいいですか? 」  掠れた声で尋ねる日向に浩也が頷く。  今の日向にはこのまま離れてしまうより、ほんの少しでも近くに居られる可能性がある方を、選び取ることくらいしか選択の余地は残ってなかった。 「そこ、座ってて」  浩也に促され、リビングにあるソファーに浅く腰をかける。革張りの黒いソファーは座り心地は良いけれど、生活感の無い空間に日向はなんだか落ち着かない気分になってしまう。  浩也が住むマンションは、一人暮らしには立派な物で、以前日向が章と梓と一緒に暮らしていた場所よりもリビングは広かった。  エレベーターの階数表示で十一階建てだと分かったが、住んでいるのは七階にある一室だ。  カウンターキッチンで飲み物を入れて来た浩也が、目の前のテーブルにグラスを置いた。 「すごく広い部屋だね。綺麗だし」 日向がそう口にすると、 「父親がモデルルームを買ってよこしてから、自分の寝室以外なにも変えてない。趣味も悪くないし」  L字型に置かれたソファーの斜め前へと座った浩也が、答えながら飲み物を口に運ぶ様子を目に映し、日向は自分も喉が乾いていたことに気がついた。手にとって一口飲むと、冷たい水がさっぱりしていて有り難い。  日向がグラスを置いたタイミングで、浩也が口を開いた。 「矢田部って、頭いいのになんで馬鹿なことをするんだ?」 「馬鹿なことって…… 」  日向には、何を言われているか分からない。 「俺みたいな人間に接する態度は決まってくる。優等生で人格者と疑わずに頼りにしたり近づいたりしてくる奴。これがほとんどだ」  そこで一旦話を切り、見つめてくる。   「あとは、胡散臭(うさんくさ)いと感じて当たらず触らずな態度をとる奴。俺の学校での生活はそれで上手くいっていた。矢田部の視線が気になるまでは」  こちらをまっすぐ見つめたまま話す浩也に、日向は何も言い返すことが出来ない。

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