57 / 213

32

 ***  後処理を済ませた浩也は、気を失った日向の体をベッドに横たえ、それから小さくため息をついた。 ――俺らしくもない。  これまでは、男を性処理に使う際、相手が二度と抱かれたいなどと思わないように、情の無い扱いをしてきた。 『そんなに嫌なら男を相手にしなきゃいいのに』  聖一にも、抱いた奴等からも口々に言われた。  本当にその通りだと思う。  だけど、こればかりはどうにもならない。  憎むべき相手へと、暗い欲望を抱いてしまったあの日から。 『彼は私を愛してはいなかった。私は、男に負けたの……ずっと裏切られてたの。それに気づかないで10年以上も信じてた。何だったんだろうね、私は……愛してたのに』  病床のベッドの上で独り言のように囁やかれた言葉。  朦朧(もうろう)とした様子の彼女が最期に放ったその言葉が、(とげ)のよう心の奥へと突き刺さり、それは今でも()えない傷になっている。  優しくて、でも弱かった母。  いつから彼女は気づいていたのか?    子供の頃から浩也の家へと遊びに来ていた父の親友、五月女斗和(さおとめとわ)が、ただの友人では無いという事に浩也が気づいてしまったのは、検査入院で母が居なかった日の夜中。  トイレに起きてしまった浩也は、父と彼とがリビングのソファーで(むつ)み合う姿を見てしまったのだ。  浩也に背中を向ける格好でソファーへと座る父親と、その上に跨がり体を揺らす斗和の恍惚とした表情を。  その意味さえも分からないほど初心(うぶ)なわけでは無かった浩也は『見てはいけない物を見た』という思いに駆られ、その場を離れようとしたけれども出来なかった。  なぜなら、父の肩越しにこちらを見つめる斗和の瞳と、視線が絡んでしまったから。  いつも、自分と遊んでくれる優しげな雰囲気はその影を潜め、こちらを見ながら妖艶に微笑むその姿に……幼い浩也は生まれて初めて暗い欲望を心に抱いた。

ともだちにシェアしよう!