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 中学三年生の夏の日、その日も父は仕事で家には帰らなかった。 『っ止めて! 浩也くん。なんでこんな事っ!』  嫌がる姿に今まで無いほど興奮した。 『……ぁんっ…あぁっ、いゃ!』  最初は抵抗したものの、結局堕ちていく淫らな(からだ)に自身を激しく打ち付けながら、浩也は斗和を罵倒する。 『誰にされても感じるんだろ! 何で父さんなんだ! お前が父さんをおかしくした。お前が母さんを殺したんだっっ!』  そう言い放った次の瞬間、斗和の瞳から涙が零れ、その姿に満足感を覚えた浩也は、今までの鬱積(うっせき)とした感情を全てぶつけるかのように彼の体を激しく犯した。  そして、快楽に我を忘れた斗和の虚ろな微笑みを目にした時、きっと彼は父との情事を自分に見られていた事など覚えていないのだろうと悟った。 『浩也くん……知ってたんだね』  行為を終えて部屋を立ち去ろうとした時に、背後から声をかけられたから振り返る。 『……ごめんなさい』  小さく告げられた謝罪の言葉。  途端、満足感は言いようの無い喪失感へと姿を変えた。  それからも父の不在を狙って何度か抱いたが斗和は抗わず、誰にも言わなかった。    父のことを守る為、罰を受ける覚悟を静かに滲ませているその瞳に、浩也の苛立ちはますます募る。  父を裏切るその行為に、喪失感は大きくなる一方なのに、母の復讐だと自分の心に言い訳をしてまで求めてしまい、暗い欲望は留まる事を知らなかった。  助けて欲しかった。  斗和に溺れ切ってしまうその前に。 『こうちゃん』  あの約束を守れたら、救われるのではないだろうか?  透明で純粋な、幼い頃の大切な思い出。  探さなければいけない。  ここにいたら抜け出せなくなる。  最悪の結果になる前に。  そう考え、家を出たいと父に告げるとすぐにマンションを用意してくれたが、理由も聞いて貰えない事に心が傷んだ。  それを知った斗和は出ていくなら自分の方だと言ったけれど、それは浩也が許さなかった。  感情的には許せないし、顔を見れば傷つけたくなる。  けれど、その頃には浩也にも、斗和だけが悪い訳じゃ無いと頭の中では理解できていた。  だから、離れて頭を冷やせば元の自分に戻れると思ったのだ。  しかし、話はそんなに簡単ではなく、自分の中に巣食ってしまった歪んだ感情は、犯してしまった父や母への裏切りという罪をも吸い取るように、大きくなってしまっていた。  持て余すほどの暗い欲情を抑える事が浩也には出来ない。  自分に好意を寄せる相手を手酷く扱い、傷つける事に興奮を覚え、去って行くのを見ると虚無感を抱くと共に安堵するのだ。 「分かってる。歪んでるのは……」  目下(もっか)のベッドで寝息をたてる日向の髪へと触れながら、浩也は低く一人ごちる。  救えないほどに歪んでしまっている自分に、日向はどこまで付いてこれるのか?  約束を果たしたい。  もう一度、初恋の相手に会いたいと強く願う自分と、相手はすでに約束なんて覚えていないと思う自分。  そして、今の自分にそんな資格が有るのかと尋ねる心の声に、答える言葉を浩也は持たない。  だけどそれが叶えば何かが変わる気がするのだ。 「本当の……笑顔……か」  いつになく、自分の過去を冷静に振り返れた理由は分からないけれど……。  薄く色づいた頬を撫でながら日向を見つめる浩也の()には、本人さえも気づかないくらい僅かだが、優しさを滲ませるような色が浮かんでいた。

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