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 *** ――気持ちいい。  優しく頬を撫でられている感覚に、日向の意識は徐々に浮上する。  薄く瞳を開いてみると、そこには浩也の姿があった。  日向の頬へと触れながら考え事をしていたようだが、視線が絡んだその途端、一瞬だけ驚いたような表情を見せて手を離す。  頬を撫でていた理由は分からないけど、離れていく手が名残惜(なごりお)しく、もう少し触れていて欲しかったと日向は思った。 「……あの」  終わったと思った直後、再度挑まれた辺りからの記憶が酷く曖昧だった。状況がよく分からないから尋ねようと口を開くが、上手い言葉が見つからなくて結局口ごもってしまう。 「中に出したのは始末したからシャワーを浴びて着替えてこい」 「はい」  それでも、言いたい事はちゃんと浩也に伝わっていたようだ。日向は小さく頷いてから、覚束(おぼつか)ない足どりでバスルームへと移動した。  そしてシャワーを浴び、ようやく思考を巡ららせることができた日向は、来たときの制服しか着替えがない事に気がついた。 ――玄関に入ってすぐに脱いだから、そんなに汚れてないろうけど。  見れば、手首と足首、それから鏡に映った首は内出血してしまっていて、どれくらいで元に戻るか分からない。  夏の制服では隠せない位置についてしまった痕跡を、どうしようかと考えてみてもあまりいい案が浮かばないまま、脱衣場で体を拭いていると、突然ドアが開かれたら驚いた日向はビクリと跳ねた。  そんな日向の様子をクスリと笑い、浩也は洋服を日向に手渡す。 「着替え適当に用意しておいた。終業式から随分経ってるのに制服で帰るのも変だろ? 返さなくてもいいから」  半ば呆然としながら洋服を受け取ってしまったが、手にしたそれは全て新品で、貰うわけにはいかないと告げれば、 「返されてもサイズ違って着れないから、要らなければ捨てていい」  そう返事をした浩也の言葉に、反論を許さない響きを感じた日向は、せめてお金を払いたいという言葉を飲み込み、素直に洋服を身に付けた。

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