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 電話の内容は、章の仕事が片付かないから、お盆には梓しか帰って来ないという謝罪で、異動したばかりなのだから仕方がないと日向が伝えると、そのぶん冬は長く帰るからと言ってくれた。  一人暮らしにもだいぶ馴たと思ってはいたけれど、声を聞けば淋しさが込み上げてきてしまう。  それでも、二週間後には梓に会えると考えただけで、日向の心は明るくなった。 ――久しぶりにあの夢を見たのも、いろんな事がありすぎて、少し不安定になってるせいかもしれない……。  日向の母が亡くなったのは、家族三人で遊園地へと行った帰り。父の運転していた乗用車に信号無視のトラックが横から突っ込んできたからで、日向が五才の時だった。  父は骨を折る程度の怪我で済み、日向は軽傷だったのだが、助手席に乗っていた母は運ばれた病院で次の日に息を引き取った。  その頃の日向の記憶は曖昧だが、静かな家で日向を抱き締め、涙を流す父の姿は今も鮮明に覚えている。  その姿から、母とはもう会えないのだと幼いながらに悟った日向は、父の傍らで一緒に泣いた。 『(あかり)、僕はどうしたら……』  何日も、自身を責めならがら日向に……というよりは、日向を通して母に問いかける父の姿に、胸が張り裂けそうになった。 『パパ、泣かないで。大丈夫だから……パパの笑った顔がママは好きだって言ってたから……』  いつも母がしてくれたように項垂(うなだ)れる父の頭を抱き締めて、日向は必死に『大丈夫』と言葉を紡ぐ。  父に笑って欲しかったから。 『……アカリ?』  どれくらいの時間が過ぎていたのかは分からなかったが、久しぶりに顔を上げ、真っ直ぐ日向を見つめた父の瞳に浮かんでいた色は、今思えば章の言うように狂気を帯びていたのかもしれない。  その翌日から父は泣くのを止め、代わりに日向は名前と自由を失う事になったのだけれど、そんなことよりも大好きな父に笑顔が戻ったのが嬉しかった。 『外は危ないから僕と一緒じゃない時は出ちゃ駄目だよ。アカリ』  きっと最初は自分の名前は日向だと答えていたのだと思う。  けれど、女の子の洋服を着せられ毎日毎日『アカリ』と呼ばれているうちに、幼い日向は順応していき、鏡の中の自分が徐々に『灯』へと変わっていく。  他人から見ればいびつだろうけれど、それが日常になってしまえば、当時の日向には疑問を抱く知識も経験もありはしなかった。

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