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 途端に日向を襲ったのは、言いようのない不安の(うず)。  父を失った悲しみに加え急に変わった環境に、心が悲鳴を上げてしまい、その時から日向は声を出すことができなくなる。 『アカリちゃん、君に叔父さんがいることが分かったよ。今捜してもらってるから、もう少しだけここで暮らそう』  父を亡くしたショックにより、一時的に声が出なくなったのだろうと診断されて日向はそのまま入院した。  きっと、保険証を見たのなら『アカリ』ではなく『日向』であり、女の子じゃなく男の子だと病院も分かっていたのだろうと思う。  だけど、父の遺体と対面した時、名前を聞かれて『アカリ』と答えた日向を混乱させないよう、医師は日向を『アカリ』と呼んだ。  治療というよりは親族との連絡が取れるまで、一時的に保護するという色合いが強かったようで、病室には一日に数回医師や看護師が様子を見に来るくらいだった。  あとから章に聞いた話では、市役所の調査で章の住所は分かったけれど、長期の海外出張中でなかなか連絡が取れなかったらしい。  日向の病室は2階の個室で、淋しい気持ちで一杯だったが、時間毎に来る看護師には馴れることが出来ずにいた。  彼女等が同様に向ける哀れみや興味の眼差しに、心が拒否反応を示してしまう。  日向はふと、医師から聞いた話を思い出した。 ――叔父さんてどんな人なんだろう?  父の弟だというその人が、自分を受け入れてくれる保証などどこにも無い。だけど、その時の日向には縋れるものが他には無くて……。  考えるうちに苦しくなり、たまらなくなった日向が窓から外を眺めると、そこには沢山の人がいた。  それはきっと、診察を受けに来た人や見舞いに来た人、もしくは、その帰りの人がほとんどなのだろうけれど、母親に手を引かれている自分と同じくらいの子供を見ながら、ここを歩く全ての人に、会いたい相手や帰る場所があるのだと……唐突に思ってしまった。 ――僕の場所が無い。  今まで、漠然とは感じていたけれと、自分の家に待っている人はもういないのだと、改めて気いた日向の心に孤独感がわきだしてくる。 ――ひとりはイヤだ。  無意識のうちに溢れた涙がボロボロと頬を伝い落ち、小さな指が弱々しく窓硝子を引っ掻いた。  透明な硝子一枚によって遮られた明るい世界が、日向にとってはとても遠くに感じられる。

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