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 ***  どれくらい、そうしていただろうか?  不意に病室のドアが開く音が聞こえ、慌てた日向が涙を拭うと、ベッドの向こうのカーテンが揺れ、隙間からヒョコッと顔を出したのは、看護師ではなく日向より少し年上に見える男の子だった。 『見つけた!』  顔を見るなり嬉しそうな笑顔を見せた男の子に、唖然として固まってしまう。 『あっ、びっくりさせてごめん。初めまして、オレ浩也っていうんだ。さっきから泣いてたろ? 外から見えて、気になったから探しに来た』  驚いたけれど心配をしてくれているのは分かったから、日向は口を『ありがとう』の形に動かし礼を伝えた。 『……声が出ないのか?』  問いかけに、小さな頷きで答えると、少年は少し考えた後、『だったらなにか書くものが必要だな』と言ったから、日向の心は温かいものに満たされた。  父を失ってから、声を失った自分に対し、哀れみや同情ではない言葉をかけてくれたのは、彼が初めてだったから。  名前を聞かれ、差し出された彼の手のひらを指でなぞる形で伝えた。 『ア・カ・リ?』  初めて名前を呼ばれた時にはなんだか恥ずかしかったけれど、それよりも嬉しい気持ちが大きかった。だから思わず微笑みを浮かべた日向へと、 『笑った方がずっと可愛い』 と浩也が言ってくれた時には、完全に心を開いてしまっていた。  それから、毎日のように日向の病室を訪れるようになった浩也だが、大人に見つかると会えなくなるかもしれないからと、やって来るのは早朝や就寝前の看護師が少ない時間がほとんどで、日向は彼が訪れるのを毎日楽しみにしていた。  色々な話をして過ごす中で、日向が質問に答える時には浩也の背中に指で文字を書いたから、結局書く物は必要無くて――。  浩也は毎日この病院へと入院している母親の見舞いに来ていることや、身長は高いけれど実は日向と同じ年齢だったこと、それから、天体観測が好きだと教えてくれた浩也は、日向の知らない星の話を沢山してくれた。 『最初会った時、なんで泣いてたの? 嫌なら言わなくていいけど』  それは出会ってから5日目の夜、自分に話せば少しはスッキリするかもしれないと言われた日向は、浩也の背中に少しずつ指で書いて伝えた。  父がいなくなったこと。  一人になって淋しくかったこと。  居場所が無いと思っていること。  伝え切った時にはすでに消灯時間になっていて、帰りを心配する日向へと大丈夫だと告げた浩也は、涙を流す日向を抱き締め、当時は長く伸ばされていた黒い髪を優しく撫でた。

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