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『随分な疑いようですね。そんなことはしてませんが、俺がそう言って貴方(あなた)はそれを信じますか? 大体、俺に聞かなくても本人がなにも言わないなら、信じてあげるべきでは無いですか?』  正論を突きつけると、梓の顔が僅かながらに紅潮した。 『そんなことは良く分かってるよ。本当は信じたいと思っている。だけど(きみ)は日向君にあんな……』  少しだけ口調を乱して反論をした梓だが、感情が先に立ったのだろう、自身が思わず放った言葉にハッとしたように黙り込む。  その瞬間、梓が何を言おうとしたのか浩也にははっきり分かってしまった。  彼は見たのだ。浩也が日向の体に残した痕跡を。  だから、亮たちの言葉を信用できずに自分をここへと呼び出したのだと分かった途端、浩也の心に嵐が吹き荒れた。 『梓さん……ごめんなさい』  少し前、寝ている日向の口から漏れた言葉が脳裏に(よみがえ)る。  きっと日向は自分との関係を梓に知られたく無いのだろう。当たり前だ。同じ立場なら誰だってそう思うだろう。  そんなことを考えながら、腹の底からわき上がったのは静かな怒りの感情だった。  梓の話す内容から、日向は自分の犯した失態に全く気づいていないだろうが、浩也以外の人間に肌を晒したことには違いない。 (それだけ心を許しているって事か)  目の前に座る梓を見据え、浩也は感情に蓋をしてからその唇へと笑みを浮かべた。 『ご心配は分かりますが、俺達は真剣にお付き合いをしています。どうしても信用して頂けないのであれば、本人に聞いて貰うしかありません』  真摯な声音で紡ぐ言葉の半分以上は本心だった。 (今、一番ヒナの近くにいるのは貴方(あなた)じゃなくて俺だ)  その感情が嫉妬に限りなく近い、日向に対する独占欲だと気づいてしまった浩也は内心激しく動揺するが、その時は懸命に表情を取り繕った。  そして暫しの沈黙のあと、梓が口を開く。 『分かった、君を信じる事にする。だけど、日向君を泣かせるような事はしないで欲しい。これは……僕からのお願いだ』  真っ直ぐにこちらを見つめる強い視線を正面から受け止めて、浩也が頷きで返事をすれば、梓は『ありがとう』と言ったけれど、彼の願いを聞くことは出来そうにない。  浩也には、自分の心に渦巻いている嫉妬にも似た黒い感情を消し去る方法が分からない。そして、行き場の無い感情の矛先を向ける相手は、今の浩也にとって日向一人しかいないのだから。

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