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斗和と呼ばれていた男性は、二十代くらいの綺麗で儚げな人だった。彼の瞳が悲しげに揺れていたのはきっと、自分がベッドの上に居たせいだろう。
浩也が何を考えているか分からないけれど、現実に今抱かれているのは斗和と呼ばれていた人で、二人がどんな関係なのかは分からないが、セフレである自分はここに居るべきじゃない。
『ごめんね』と斗和は言っていたけれど、謝らなければならないのは自分の方だと日向は思う……否、そう思わなければいけないと思った。
――僕は、醜い。
本当は、この空間から逃げ出す為に、もっともらしい理由を並べたてているだけ。
セフレでいいなんて言っておきながら、初めて抱いた嫉妬心は日向の心の中を激しく掻き乱す。今の心理状態のまま行為を終えた2人に会い、これ以上惨めな思いをするなんて、とてもじゃないが耐えられそうに無かった。
浩也の命令に背く事になるだとか、そうなれば側に置いて貰えなくなるだとか、そんなことを考えている余裕もない。ただ逃げ出したい一心で、日向はなんとか立ち上がり、重たいソファーの脚の部分を必死に持ち上げ鎖を下から抜き取った。
足枷は外せなかったから、長い鎖は足首へ巻き付け、脱衣所に置いてあった洋服を身に付けてから、急いで玄関へと向かう。
途中、ゲストルームの前を通過しなければならなかったから、日向は声を聞かないように耳を塞ぎ、なるべく音を出さないようにしたけれど、きっと夢中で抱き合っている二人に聞こえる筈もないから、余計な心配だったのかもしれない。
外へと出て、極力静かに扉を閉めれば、オートロックが掛かる音がやけに大きく耳に響いた。
色々な事がありすぎて、混乱している日向の頭は考える事を放棄したようにぼんやりと霞がかかっており、夕方までは梓と一緒に笑っていたのに、今となってはそれがずっと昔の事のような気がしてくる。
――早く帰って眠ってしまおう。そうしたら、大丈夫になる筈だから。
エレベーターの文字盤を見ながらそう結論を出した日向は、一階に着いて開いたドアの向こう側に人が見えたから、慌てて顔を下へと向けた。
泣き腫らした自分の顔を他人に見られたくなかったから。
足に巻き付けた鎖はズボンの裾に隠れて見えないから、あとは普通にすれ違えば問題は無い筈だった。
けれど――。
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