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最終章

*最終章* ――頭が……痛い。 「う……うぅん」  息苦しさに出した声は、ほとんど音にはならなくて、喉奥に感じた痛みと渇きに枕元へと置いた筈の水を飲もうとするけれど、鉛のように重たい体は意思に反して動いてくれない。  あの日から風邪を引いたみたいで、食欲も無かった日向は水を飲んで寝ていたのだけれど、症状は悪くなるばかりだった。記憶はかなり覚束ないし、熱のせいか頭も痛い。  吐き出す息もとても熱くて、体の節々が鈍い痛みを訴えている。それらの苦しみを逃すために浅い呼吸を繰り返していると、突然頭上から声をかけられた。 「気がついた?」  ビクリと震えた日向の乾いた唇へと、無機質なものが(あて)がわれる。  誰なのかを確認したくて目を開こうとするけれど、瞼が細かく震えるだけで視界は戻って来なかった。 「瞼がくっついちゃってる? 拭いてあげるから、今はとりあえず飲んで」  優しい声音に日向の思考が正常に動きはじめる。 「ゆ……きくん?」 「うん、驚かせてごめんね。とりあえず今はこれ、ストローだから口開いて」  掠れた声で尋ねた日向は返事を聞き、ホッとしたように唇を開いた。  開かれた唇へとストローの先を差し入れた佑樹は、薄めたスポーツ飲料を喉を鳴らして飲み込む日向の姿に安堵の溜め息を漏らした。  連絡先を交換していた梓から、日向と連絡が取れないから様子を見てきて欲しいと頼まれたのが昼前のことだった。  アパートへ着いてチャイムを押しても応答が無かっため、一度帰ろうと思った時、中から何かが落ちるような音がした。心配になった佑樹が梓にそれを伝えると、梓はすぐに管理会社へと連絡をとってくれた。  玄関のドアが開かれた時、倒れている日向の姿が見えたから、すぐに救急車を呼ぼうとしたが、彼の側に駆け寄った時点でそれはできない事に気づく。  管理会社の女性が一緒に入ってこなくて良かったと胸を撫で下ろしながら、「ありがとうございました。病院に連れて行くから大丈夫です」と告げ、彼女には引き取って貰った。  亮は家族旅行に行っていて、ここには来られなかったけれど、日向にとってはそれで良かったのかもしれない。 「……ありがとう」  ストローから口を離した日向に言われ、思考に耽っていた佑樹は我へと帰る。 「もういい?」  尋ねれば、唇に笑みを浮かべながら頷く日向の姿を見て、どうしようもなくやるせない気持ちになった。

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