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「俺も忙しかったから、こんな事になっているとは思わなかった。もっと早く来れば良かった。織間、ありがとう。あとは俺が看るから」 「でもっ」  佑樹が躊躇(ちゅうちょ)している理由も良く分かる。  日向の体に残された痕や、今も足首にあるだろう枷をつけたのが、浩也なのかもしれないと疑う気持ちと、逆に知らなかった場合、恋人である自分にそれらを見られるのを、日向は嫌がるだろうという心配。  困ったような表情を見せた佑樹に対し、浩也は表情を固くした。 「どうしたんだ、織間。そんな顔して……他にも何かあるのか? とにかく顔を見たいから、中に入れて欲しい」  そう言い募れば見極めるように真っ直ぐこちを見つめてくるが、それを正面から受け止めると、諦めたように佑樹は一つ溜め息をつく。 「分かった。俺も一緒に入るよ。日向の姿を見たら驚くと思うけど、すごく弱ってるし傷ついてると思うから……目が覚めても怒らないであげて」 「それはどういう……」 「見れば分かる。だから約束して欲しい」 「分かった。約束する」  自分の刻んだ痕跡について言われていると分かっていても、佑樹と約束を交わしながら、浩也の心の中には妙な胸騒ぎが渦巻いていた。  ***  あの日、リビングへの扉を開いた時、そこにいる筈の日向の姿が無いことに、浩也は暫し愕然とした。  きっと愚かな自分に日向はとうとう愛想を尽かしたのだ。それはそれで仕方の無い事だと思う。  だけど。  斗和を抱こうとしてみたものの、悲しそうに自分を見ていた日向の姿が脳裏を離れず、結局抱くことが出来なかった。  いつの間にか、日向の存在が自分が思っていたよりも更に、心の奥深い場所へと入り込んでいた事に気づき、動揺して行為を続ける事ができなくなったのだ。 『彼の事が、好きなんだね』  そう呟いた斗和の声が胸へと響く。  幼い頃、アカリという名の女の子と交わした約束が、それまで浩也を支えていた。  だけど、日向と出会ってからというもの、アカリのことを思い出す時間は確実に減っていて、いつの間にか自室のベッドの枕元へと飾った写真を見なければ、アカリの笑顔を思い出すことは難しくなり、記憶のそれはいつの間にか日向の困ったような笑顔へと刷り変わってしまっている。  最初は、なんとなく顔が似ていると言う理由だった。  だけど、こんなに歪んでしまった自分に、全てを差しだせる日向の一途さと真っ直ぐさに触れるうち、浩也の心は激しく揺らいだ。  どんなに冷たくあしらっても、どんなに辛く当たっても、自分を好きだと伝えて来る存在を、わずらわしいと思っていた筈なのに――

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