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 どれくらいの間、そうしていただろうか?  バスルームのドアが静かに開いた音は耳に届いていたけれど、自らの肌を引っ掻く行為に夢中になってしまった日向は、上手く状況を把握できない。 「何を、してるんだ?」  低い……決して大きくは無いが良く通る声がバスルームの中へと響いた。 「……っ!」  その声に、ようやく我へと返った日向は、ビクリと体を震わせてから動きを止める。それからゆっくりと視線を上げ、入り口に立つ浩也の姿を瞳に映した。 「何をしている……と、聞いてる」  もう一度、静かに尋ねてくる声音には明らかな怒気が(はら)まれており、怯えた日向は視線を逸らして自分の体を隠すように体を丸め、両腕で膝を抱え込むような体勢をとる。 「ごめんなさい。なんでもないから」  絞り出すようにどうにか言葉を発した途端、バスタブの側に来た浩也が日向の手首をいきなり掴んだ。 「あっ……やぁっ!」  両方の手首を強く掴まれてそのまま上へと引っぱられれば、万歳(ばんざい)のような格好となり、隠す物を失った体についた無数の鬱血痕や、自ら引っ掻いた爪痕が、浩也の目に晒されてしまう。 「やぁっ! ……離して!」  パニックになった日向はガタガタと震えながらも抵抗するが、浩也はビクともしなかった。  バシャバシャと上がる飛沫によって彼の洋服が濡れるだろうに、それでも拘束は緩まない。 「いやっ! 触らないで……汚いから、見ないで…おねがっ……!」  精一杯の力を込めて日向が体を捩っていると、手首を掴む力が更に強くなった。 「ひっ!」 「そういうことか」  鈍い痛みに息をつめた日向の耳へと、浩也の呟く声が聞こえる。その意味を理解するより早く手首が突然離されたから、脱力してしまった日向はバスタブの中へしゃがみ込んだ。  先程よりもさらに震える体を見られるのが嫌で、体を丸めて隠そうと(こころ)みたのだが――。 「――――!!」  一瞬、なにが起こっているのか日向には理解できなかった。  頭を掴んだ手に強く押され浴槽へ沈められたのだが、日向は状況を把握できずに声を上げる。しかし、それは声にはならなくて……沈んでしまった唇からはゴボゴボと気泡が溢れだした。  突然襲った苦しみの中、前後不覚に陥った日向は酸素を求めて足掻いたけれど、頭を押さえる手のひらの力は少しも弱まることが無く――――くるしっ……苦しい! どうして!?  浩也が何を考えているのか分かる筈なんて無いのだけれど、苦しみの中、日向の頭は彼に対する疑問符だけで一杯になっていた。

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