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――ヒナは約束を、覚えて……。
『こう…ちゃん……』
自分を呼ぶ微 かな声が耳の奥へと木霊して、激しく浩也の胸を打つ。
目前 で繰り広げられている日向にとっては間違いなく拷問でしかない行為から、彼を救うことはもう出来ない。映像は全て過去の出来事で、いくら悔やんでももう自分には怯えて震える日向の肌へと触れることすら出来なのだ。
ならば、せめて佑樹に託すまでは出来る限り優しくしようと浩也は思った。否、そうするつもりだった。
なかなか戻ってこない日向を心配し、様子をうかがうために行ったバスルームで、自らの肌に爪を立てる日向の姿を見るまでは。
思わず細い手首を掴んでその体を見た時は、分かってはいたのだけれど、背筋を冷たいものが走った。
そして。
『触らないで……汚いから…見ないで』
ガタガタと体を震わせながら日向が放ったその言葉に、浩也は自分が勘違いをしていた事にようやく気づく。
傷ついた彼が震えているのは、拒絶からくるものではなく、汚れてしまった自分を心底嫌悪しているからなのだと。
刹那、浩也の心を嵐のような感情が吹き荒れて、気づけば日向を浴槽の中へ沈めていた。
――なにも、分からなくなってしまえばいい。
そう思ってとった行動が正しいのかは分からない。だけど、浩也にはこんなやり方しか出来なくて――。
「あぅぅっ、うぅ……」
痛みに喘ぐ声が聞こえ、浩也は意識を現実に戻す。
見れば、薄く開かれた瞳は色を失っており、涙をこらえるためなのか? 睫毛が細かく震えていた。
罰を与えることで、日向が抱く罪悪感を少しでも取り払えればいいと浩也は思っていたのだが、あまりに弱々しい彼の姿に、それは間違いだったと気づく。
――こんな事をしても、さらに傷つけるだけだ。
「……止めるか?」
思案の末、なんとか言葉を絞りだした。本当は離したくないけれど、このまま続ければきっと心が壊れてしまう。
すぐに頷きが返ってくると思っていたが、暫しの後、色を取り戻した日向の瞳がハッとしたように開かれたから、想像とまるで違う反応に浩也はかなり困惑した。
***
「……止めるか?」
噛みつかれた身体中に鈍い痛みを感じながら、浩也の放った言葉を心で反芻 し、ようやく意味を理解した日向は思わず瞳を見開いた。
――今度こそ……本当に、終わるんだ。
今まで、なにがあっても自分からは『止める』だなんて言えなかった。
彼の側にいたかったから。
きっと、浩也はそんな自分に焦れて怒りをぶつけてきたのだろう。
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