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 だけど人の気持ちはそう簡単には割り切れない。浩也を恨むことなんて、日向にできるわけがなかった。 ――本当に……貴方(あなた)が貸すって言ったの?  ふと、日向の脳裏に一つの疑問が浮かんでくる。  今までの言動から、もしかしたら浩也はなにも知らないのではないかと日向は思っていた。  否、そう思いたかった。  だけど、彼は日向が薬を使用された事まで知っており――。 「なんで……知ってるの?」  無意識のうち、心の中で膨らんだ疑問が(こぼ)れてしまう。  言った途端、答えを聞くのが怖くなって日向は後悔したけれど、(かす)かな声は浩也の耳へとしっかり届いたようだった。  唾を飲み込む音がしたあと、覚悟を決めたように浩也が口を開く。 「今朝、セイが持ってきたDVDを見て知った。ヒナ、辛かったよな。助けてやれなくて本当にごめん。俺はセイにヒナを貸すなんて言ってない。言い訳にしか聞こえないかもしれないけど……それだけは、信じて欲しい」 ――そうか、撮られて……。 「そう……見たんだ」  行為中、ずっと見えていた赤い点滅は撮影中のランプだったのだと考えながら、日向の心は妙に落ち着きはじめていた。  浩也に全てを知られており、さらに映像を見られた事は衝撃的なはずなのに、不思議となんの感情もわかない。  気づけば体の震えも涙も止まっている。 「セイが危険だって分かってたのに会わせた。だから俺の責任だ」  さらに浩也が何かを訴えかけてくるけれど、言葉は耳へと入ってくるのに意味が理解できなかった。 「ヒナ?」  大好きな人が自分を呼ぶ声も、今はすごく遠く感じる。 「ヒナ」  もう一度、名前を呼ばれてぼんやり視線をそちらに向けると、悲しげに揺れる彼の双眸(そうぼう)がこちらを真っ直ぐに見つめていた。 ――なんでそんな顔してるの?  考ようと試みるが、頭の中は(もや)がかかったみたいにぼやけていまっていて、答えに辿り着くことができない。 「なあヒナ、もう俺の言葉は聞きたくないか? もう、俺の側には……」  さらに何かを告げてくる彼を見ていた日向の瞳へと、次の瞬間信じられない光景が映った。 「っ!」  無意識のうちに閉ざしてしまいそうになっていた心の中に、風穴を空けられたような……そんな感覚に襲われて、日向は思わず息を飲む。  視線の先では浩也の()から涙が零れ、それが静かに頬を伝い落ちていた。

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