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 指が目尻へと触れる感覚に、驚いた浩也は動きを止める。  日向が自分から触れてきたことは過去に一度しか記憶に無い。あの時、酷く追いつめた後、縋りついてきた日向のことを浩也は愛しいと感じていた。  なのに、当時は素直に認められなくて――。 「泣かないで」  もう一度、今度は浩也の頬へと触れ、その涙を拭いながら日向が小さく告げてきた。  こちらを見つめる大きな瞳に映り込んでいる自分の姿が酷く情けなく見えるけれど、今はそれよりも彼の瞳に生気が再び宿った事に、浩也は心から安堵する。 「俺は……何を守ろうとしてたんだろうな」  浩也の口から自然と零れた声が静かな空気を揺らした。  必死に自分を守ろうとしているうちに、いつの間にか心が厚い氷の中に閉ざされていて、なにも分かっていなかったのに、「見えている」「分かっている」と常に周りを見下していた。  だけど日向に出会ってから、少しずつ、心に温かな光が射し込み、気づかないうちに浩也の心は変化していた。 「ヒナ」  両手を伸ばし、日向の頬を手のひらで包み込む。  驚いたのか? 僅かな震えが伝わるけれど、彼からの拒絶はなかった。  なぜ、日向が自分に触れたのかは分からない。 ――期待して、いいのだろうか? 僅かでも、可能性があるかもしれない……と。  彼からの拒絶を恐れるあまり、逃げ道と言い訳ばかりを作ってきた。  最初に好きだと告げた時も、拒絶された後の事ばかり考えていた。  だけど、そんなことはもう止めようと、浩也は強く決意する。 ――どんなに冷たくしても、ヒナは真っ直ぐに、好きな気持ちを伝えてくれた。だから……。 「好きだ」 ――今度は俺が、伝える番だ。  少し悲しげに顔を歪めた日向からの返事は無い。 「ヒナが……好きだ」  それでも……何度でも告げようと浩也は思った。 「好きだ」  ただ気持ちを伝えたかった。 「資格がない」と拒んだ日向に、この気持ちが本物だと信じて貰えるまで……何度でも。  心を込め、何度も言葉を紡ぐうち、頬に触れている日向の指に僅かな力が籠ったのを感じた。

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