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「約束……覚えていてくれたんだな」  次の瞬間耳に飛び込んできた言葉に、日向の心臓が大きく脈を打った。 ――約束って?  日向は混乱する。  浩也と約束を交わしたのは五年前に一度きりで、勿論忘れたことはない。だけど、なぜ浩也が今それを言うのかが分からない。  戸惑いが表情にも出てしまっていたのだろう。浩也の大きな手のひらが、日向を落ち着かせるように背中をさすった。 「あの夜、俺はどうしても斗和を抱く事ができなかった。それで、初めて自分と向き合って、アカリとの約束を破ることになるけど、自分の気持ちにもう嘘は吐かないって覚悟を決めた。ヒナの事が好きなんだって、やっと素直に認めることができたんだ。それを伝えたくてヒナの部屋に行ったら織間がいて……写真を見たあともヒナがアカリだなんて信じられなかった。でも結局俺はヒナが好きだから、それはもうどっちでもいいって思った」  そこまで一気に話したところで浩也は一旦話を切り、日向の瞳を見つめてくる。 「だけど、あのDVDで、もうなにも分からなくなってる筈なのに、約束だからってキスを必死に拒んで、俺の名前を呼んでるお前を見て、ヒナはアカリなんだって確信した」 「僕、そんな……覚えて無い」  分からない。あの時自分は無意識に、幸せだった過去の記憶に(すが)ってしまっていたのだろうか?  動揺を隠せずに、日向の睫毛が細かく震える。 「ヒナは汚れてなんかない。あれはただの暴力で、ヒナはちゃんと約束を守った。汚いのは俺だ。弱い自分を認められなくて、ヒナを沢山傷つけた。資格がないのは俺の(ほう)だ」  陰りを帯びたその表情に、浩也の苦しみの一端を感じとった日向は、胸が絞られるような苦しみを覚えた。 「アカリとの約束に縋って、もうあの頃には戻れないのに、もう一度アカリに会えば俺は救ってもらえるって、愛してもらえるかもしれないって……」 「そんな……」  それ以上の言葉は互いに出てこなくなってしまったけれど、痛いくらいに浩也の気持ちが伝わってくる。  日向が章に引き取られ、梓と三人で幸せな日々をおくっている時、彼はなにかに苦しめられていたのだ。

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