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「ごめん俺、余計なことまで」
暫しの後、慌てたように謝罪をしてくる浩也の姿を目に映し、改めて彼をなにも知らないと思い知らされた日向の心は切なさでいっぱいになる。
――余計なんかじゃない。
浩也のことを知りたかった。
彼を苦しめる物はなんなのか? 心から笑う事ができなくなったのはなぜなのか?
日向は口を開きかけたが、上手く言葉にすることができない。
――なんて言えば。
どうすれば浩也に伝わるのかが分からなくて、そんな自分に焦りを感じはじめた矢先、浩也が口を開いた。
「あれを……忘れることなんて出来ないだろうけど、今さら勝手な言 い分 かもしれないけど、ヒナができるだけ思い出さないでいられるようにできたらって俺は思ってる。それが簡単じゃない事は分かってる。だけど、ヒナが赦 してくれるのなら、今度は俺に約束を守らせてくれないか?」
「……約束?」
「ずっと一緒にいるって約束。ヒナが苦しむ時間が、少しでも短くなるように、そばで俺にできる事をさせて欲しい」
その真剣な眼差しに、日向の心が打ち震えた。
自分は汚れている。そう思う気持ちはどうしても拭えないけれど、浩也が伝えてくれた想いが胸にじわりと染み込んできて、心を満たしていくのを感じる。
これまで、浩也を好きだという気持ちをどうしても諦めきれず、セフレでもいいからと彼のそばに置いてもらっていた。
いろいろな事があるなかで、時折彼が見せる優しさへと縋るように続けてきた関係だった。
――もう悩んだり、疑ったりするのはやめよう。だって僕は……。
「僕もそばに……いたいです。北井くんのこと、好きだから」
覚悟を決め、日向が素直な気持ちを伝えた次の瞬間、背中を抱く浩也の腕に力が込められた。
日向は自分がほんの少しだけ前を向くことができたような、そんな感情に包まれる。
「どうしよう。俺、こんな気持ち、初めてだ」
「本当に、僕でいいの?」
「ヒナがいい。ヒナじゃないとダメだ。ヒナこそ本当にいいのか?」
問われて日向は頷き返す。
今までを振り返れば、確かに辛い事が多かった。だけど、日向は自分で決めて彼の近くにいたのだ。
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