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「風邪はもう大丈夫?」
「うん、もう全然平気だよ」
心配そうに聞いてくる日向へ返事をしながら、佑樹もまた心の中で安堵の息をついていた。
本当は、全然平気なんかじゃない。
だけど、亮の方から切られるまでは親友でいたいから、必死に平静を装っている。
『忘れて』と佑樹は告げた。
佑樹にとっては一生忘れる事のできない出来事で、亮だってあれを忘れるなんてすぐには出来ないだろうけれど、自分が忘れたふりをしていれば、いつか一時 の過ちとして記憶の片隅へとしまい込んでくれるだろうから。
亮は優しい。
だから自分の行為を拒絶しなかった。
だから今、彼は動揺を隠せずにいる。
ならば、自分だけは出来る限り普通でいようと佑樹は思った。
彼がこれ以上悩まないように、普段通りに振る舞えばいいだけだ。
行為の途中キスをした理由 も、ついさっき唇に触れてきた意味も、深く考えてはいけない。
「日向、休んでる間のノート、あとでコピーさせてくれる」
「うん、いいよ。だけど……」
これ以上考えていたら常の状態を保てないから、思考を切るために佑樹が日向へ声を掛けると、了と言いかけた彼が少しだけ口ごもった。
彼は自分の事には鈍感な癖に、人の事にはやたら鋭い。
「だって亮は字が下手なんだもん。日向のノートのほうが見やすい」
いつもは大抵亮に借りているからという理由の他に、二人の雰囲気が少しおかしい事にも日向は気づいている筈だ。
「どうせ俺は字が下手だよ」
少し拗ねたように口を開いた亮の声に「だよねー」と、ふざけて返すと日向が安堵の表情を浮かべた。
優しくて、素直で、綺麗な日向。
入学式、彼を見つめている亮の眼差しに、正直なところ佑樹はほの暗い嫉妬心を抱いた。
二人の中に誰か他人を入れるのは嫌だったのに、お節介な亮のせいで三人で行動するようになり、最初は戸惑いを感じたけれど、日向の素直な人柄に触れ、その感情は不思議なくらいあっさりと消えて無くなった。
波長が合ったというのだろうか?
時折見せる憂いを帯びた表情に、彼もまた何か大きな物を抱え込んでいるような気がして……そのうちに、少し常識に疎い彼を支えたいと素直に思えるようになった。
もしかしたら、亮と長く一緒にいるうちにお節介が伝染 ったのかもしれない。
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