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 *** 「風邪はもう大丈夫?」 「うん、もう全然平気だよ」  心配そうに聞いてくる日向へ返事をしながら、佑樹もまた心の中で安堵の息をついていた。  本当は、全然平気なんかじゃない。  だけど、亮の方から切られるまでは親友でいたいから、必死に平静を装っている。 『忘れて』と佑樹は告げた。  佑樹にとっては一生忘れる事のできない出来事で、亮だってあれを忘れるなんてすぐには出来ないだろうけれど、自分が忘れたふりをしていれば、いつか一時(いっとき)の過ちとして記憶の片隅へとしまい込んでくれるだろうから。  亮は優しい。  だから自分の行為を拒絶しなかった。  だから今、彼は動揺を隠せずにいる。  ならば、自分だけは出来る限り普通でいようと佑樹は思った。  彼がこれ以上悩まないように、普段通りに振る舞えばいいだけだ。  行為の途中キスをした理由(わけ)も、ついさっき唇に触れてきた意味も、深く考えてはいけない。 「日向、休んでる間のノート、あとでコピーさせてくれる」 「うん、いいよ。だけど……」  これ以上考えていたら常の状態を保てないから、思考を切るために佑樹が日向へ声を掛けると、了と言いかけた彼が少しだけ口ごもった。  彼は自分の事には鈍感な癖に、人の事にはやたら鋭い。 「だって亮は字が下手なんだもん。日向のノートのほうが見やすい」  いつもは大抵亮に借りているからという理由の他に、二人の雰囲気が少しおかしい事にも日向は気づいている筈だ。 「どうせ俺は字が下手だよ」  少し拗ねたように口を開いた亮の声に「だよねー」と、ふざけて返すと日向が安堵の表情を浮かべた。  優しくて、素直で、綺麗な日向。  入学式、彼を見つめている亮の眼差しに、正直なところ佑樹はほの暗い嫉妬心を抱いた。  二人の中に誰か他人を入れるのは嫌だったのに、お節介な亮のせいで三人で行動するようになり、最初は戸惑いを感じたけれど、日向の素直な人柄に触れ、その感情は不思議なくらいあっさりと消えて無くなった。  波長が合ったというのだろうか?    時折見せる憂いを帯びた表情に、彼もまた何か大きな物を抱え込んでいるような気がして……そのうちに、少し常識に疎い彼を支えたいと素直に思えるようになった。  もしかしたら、亮と長く一緒にいるうちにお節介が伝染(うつ)ったのかもしれない。

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