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――おかしい。
浩也がそう感じたのは到着した映画館。チケットを購入してベンチへ戻った時だった。
「ヒナ、お前、顔赤くないか?」
「え? そんなこと無いと思うよ」
慌てた風に言葉を返した日向に券を差し出せば、
「ありがとう」
と微笑みながら出された指が微かな震えを伴っていたから、浩也の中での疑いは確信へと姿を変える。
「ちょっとごめん」
日向が券を手にした瞬間、一応の断りを入れて浩也が手のひらで額に触れると、彼の体が怯えたようにビクッと大きく揺れ動いた。
「やっぱり」
「ち……違うよっ、これは……」
「俺、まだ何も言ってない」
「それは……その……でもっ」
間違いなく熱がある。様子からすると日向はそれを浩也に隠していたのだろう。
「帰るぞ」
こんなに熱を出しているのにどうして無理をしたのかなんて、今は聞いている場合じゃないから、浩也は一言日向に告げるとその手を取ってゆっくりと引いた。
「………くない」
「なに?」
立ち上がった日向が何かを呟いたけれど聞き取れない。顔を近づけ尋ねれば、今度は少し大きな声で、
「……帰りたく…ない」
と告げてきた。
「あのな、こんな状態で映画見ても全然集中出来ないだろ?」
「でも、せっかくチケット買ったから、僕は大丈夫だから、映画……見たい」
大切そうにチケットを握る日向の指はやっぱり震えが治まらず、体も少し揺れている。
「いいから帰るぞ」
少しでも早く連れて帰って寝かせなければならないと、焦る気持ちが先行してきつい言い方になってしまったが、それは心から日向の体を心配してのことだった。
*このページについて*
こちらは数年前に書いた作品を修正しています。
2020年現在はコロナ禍の最中なので、熱があるのに映画に行くのは批判を浴びる行動かと思いますが、彼らがいるのはコロナの無い別次元と思って読んでもらえたら幸いです。
小此木雪花
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