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ビジネス⑰

唇が離れた後 ぎゅっと抱きしめられて。 しばらくじっとそのままにしてたんだけど 耐えられなくて離れると 寂しそうな瞳に じっと見つめられた。 何だったんだろう。あれ・・。 でも。伊織さんは ふう。と息を吐くと 「で。今日の分はいくらだ。」って急に聞いてきて。 「え。キスがですか?」ってつい聞き返したら 苦笑いを浮かべて「キスはビジネスに込みだろう。 今日の飯・酒代だ。」って・・・。 キスはビジネスに込み。 その発言に胸がずきんと痛んだのは きっと気のせい。 そう。 だからってそんな言い方ないだろって ちょっと思っただけ。 「・・・さっきも言いましたけど。 別にいいですよ。今度奢ってくれれば。」 何でもない様に装い そう返すと ふるふると首を振られた。 「他の店での飲み食いはビジネスにおいて 対等だと言うから割り勘というのを了承している。 だが今回は君が一方的に労働を強いられ 店の物を使い 俺に提供してくれたのだから・・。」 「いいですっ!」 つい強い口調で遮ってしまい 伊織さんは驚いたように口を噤んだ。 もう充分だった。 ビジネスビジネスって。 わかってる。 全部ビジネスだって。 一緒にこうやって時間を過ごすのも 楽しいと思うのも全部ビジネス上の付き合い。 そこには何の気持ちの交流も本来は必要ない。 嬉しかったり 悔しかったり 楽しかったり ドキドキしちゃったり。 全部ビジネス上の話なんだから。 伊織さんの事が少しわかったような気がして。 確かに横暴な所あるし 最初はなんだコイツって 本当に思ったけど。 でも嬉しかったから。 なんとなく距離が近づいて俺は嬉しかった。

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