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ビジネス㉑

はあ? 「・・金?」 「ああ。今日の分はいくらだと。 そうしたら彼は驚いてキスの値段かと聞くから キスはビジネスに込みだろうと言った。」 あー。そうか。 それはちょっといくらなんでも・・。 「柚くん。それは流石に怒ったよな。」 「何故怒る。恋人に見える様に 擦り合わせる手段としてのキスに別料金など 発生しない。そうだろう。」 伊織は憤然とそう言い切り 煙草の煙を吐き出す。 でも そう言いながらどうも後味が悪いような 表情が浮かんでいた。 「で? 怒られたの?」 「いや。それに関しては何もコメントしなかった。 今度奢ってくれればいいから金はいらないと言い それは彼だけ労働を強いられ店の物を使ったのだから 駄目だと言おうとしたんだが・・。」 伊織が言いそうな事だな。 まあ。労働には必ず対価が発生するという 経営者の鑑。みたいな考え方だけど。 「うん。それで?」 「いい。と怒ったように遮られた。 残り物で作ったから金は取れないと言って それから目を合わせてくれなくなり 仕方がないのでそのまま置いて帰った。」 あー。成程ね・・・。 でも。今までの伊織なら・・。 「よく言い争いにならなかったね。 ビジネスだろうって伊織なら言いそうだけど。」 うーん。と伊織は首を傾げる。 「ビジネスと言う度に 彼が辛そうな 表情をするので言えなくなった。 よくわからない。俺自身別に腹も立たなかったが 気分が悪い。彼に対してというより自分に対してだ。 何かものすごく悪い事をしたような そんな罪悪感が何故かある。 だが いくら思い返してみても スタートは ビジネスであって 彼も同意したのだから 何も悪い事はしていないと思うのだが・・・。」 ああ。それでひたすら考え事ね・・。 まあ伊織にはちょっと難しいかな。 今まで人がどう思うとか考えてきた事も無い奴だし。 柚くんはきっと好意で作ってあげたんだろうな。 あの子は料理やコーヒー 自分の仕事に 一生懸命取り組んでいるし こんな伊織が美味しいと言って自分が作った物を 食べてくれた事が嬉しかったんだろう。 それに対してビジネスだから金を払うと言われた。 ・・・そりゃ悲しいよね。うん。 「俺はその場に居ないから 状況がちゃんと 把握出来ないけど 聞いている限りでは 伊織が悪いと思うな。」

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