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鳩時計①

その客はいきなり店にやってきて ジロジロと店内を眺めた。 高そうなスーツを着た男性と女性の二人組。 なんだろ。 柚が「いらっしゃいませ。」と 声をかけると馬鹿にしたような表情で ちらっとこちらに視線を向けてくる。 「君が流川柚さん?」 男性がそう尋ねてくる。 「あ・・はい。そうですけど。」 たまたま他に客はいない。 女性はツカツカと店の中央へと歩き出し 肩を竦めた。 「小汚い店ね。一体こんな所の 何がいいというのかしら。 それにこの子。どういう事なの? 伊織は一体どういうつもりで・・。」 「奥様。それはまた後で。」 男性はそう言って 何やら封筒を ぽんとカウンターに置く。 「洲崎の不動産部署でこの一帯を買い上げる事が 決まりました。つきましては早々に立ち退きを。 もちろんその費用はこちらで全て負担致します。 だが。もしあなたがどうしても嫌だと 言うのであれば。」 含みを持った笑みを浮かべた。 「何をすればいいか お分かりですよね。」 え・・・。 「ど・・どういう事ですか」 一帯を買い上げる。 立ち退きって・・・。 それにこの人。 今 洲崎って・・・・。 女性は汚い物でも見るかのような 蔑む視線を俺に向けた。

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