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鳩時計㉑
「・・感動してたんです。すげえなって思って。」
慌ててそう返し 煮物に箸をつける。
ああ。これも旨いや。
上品で。
きっとこれが一流と呼ばれる味。。
伊織さんは暫く黙って俺を眺めていて
ビールを飲み干し 日本酒を頼んだ。
お猪口に冷酒を入れてくれる。
口をつけると フワッといい香り。
後味がすっと水になり 消えて無くなった。
「・・旨いです。」
ホントに旨い。。
全部。
なのに何でこんなに哀しいんだろ。
お猪口を持ったまま 固まる俺に
「君のスーツが出来上がった。
それに例の還暦祝いの日程も決定した。
来週の週末だ。急ピッチで仕上げて貰ったが
間に合って良かった。」
伊織さんはそう言って グイッと冷酒を飲む。
来週末・・。
そっか。。
もうすぐ2か月。
だから立ち退き前に終わるって安心したクセに
伊織さんの口からそう言われると
もうか・・って思う自分がいた。
勝手だな。俺・・。
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