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鳩時計㉕
伊織さんはあれから一度も店に来なかった。
仕事の後に会ってもいないし連絡もない。
なんであんな事言っちゃったんだろ。
最後までちゃんとやるって決めてたのに・・・。
「俺と伊織はギリギリまで仕事があるんだ。
笹目さんに迎えに来て貰うから現地集合。いいね。」
「はい。わかりました。」
沢木さんはじゃあね。と手を振り店を出て行った。
スーツを袋から出してみる。
綺麗な色。
ダークグレーで肌触りがすごくいい。
シャツもネクタイも揃っていた。
昨日。靴だけは買いに行って。
伊織さんに恥をかかせたくないし。
どうせこれっきりしか履かないのにって
思ったけどな・・。
自嘲気味に笑えてくる。
これで終わりだ。
怒らせてしまって申し訳なかったけど
明日は頑張ろう。
伊織さんの恋人として。
嘘でも。
あの人の恋人になれるんだから。
嘘でも・・。
柚はぎゅっとスーツを握りしめ
ボロボロと涙を零した。
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