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鳩時計㉖
料亭の前で車が止まった。
「着きました。」
笹目さんは外に出て 後部座席の
ドアを開けてくれる。
「すいません。有難うございます。」
いえいえ。と優しい笑みを浮かべられ
胸がきゅっと苦しくなった。
「いつも有難うございました。
俺みたいなの乗せても 嫌な顔一つせず
嬉しかったです。本当に・・有難うございました。」
頭を下げると 笹目さんはいえいえ。と
驚いたようにかぶりを振る。
「あのおでん屋さん。今度行かせてもらいます。
家内に話したら行きたいと言いましてね。
息子と一緒に行くのを楽しみにしております。」
笹目さんはそう言ってニコッと微笑んだ。
そうなんだ。
でも。なんて言ったらいいかわからなくて
もう一度頭を下げる。
笹目さんは運転席に回り 高級車は
すーっとその場を走り去った。
「柚くん。」
声をかけられ振り返ると 沢木さんが
入口で手を振っている。
「沢木さん。」
急いで近づくと ポンと肩に手が乗った。
「みなさんお待ちかねだよ。伊織もね。」
そう言われて足がブルブルと震えてくる。
ああ。ダメだ。
ちゃんとしないと。。
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