117 / 121

エピローグ①

「沢木。後は頼んだぞ。」 伊織はそう言って柚くんの手を掴むと そのまま店を出て行って 笹目さんが店の前に回した 車に柚くんを押し込んだ。 まあね。 伊織にしたら我慢した方かな。 まさかガキの頃の本当の初恋が成就したとは 思わなかったけどね。 意外とロマンチストだったんだなぁ。 長い付き合いだけど想像もしなかった。 走り去る車を見送りながら やれやれと一人 笑っていると「沢木室長。」と声がかかる。 「ああ。碓氷くん。お疲れ様。 全部無事に終わったよ。店も縁談もね。」 そうですか。と 碓氷はホッとしたように頷いた。 「ありがとう。君が動いてくれなかったら ここまでこの早さで たどり着けなかったかも しれない。」 「いえ。俺は与えられた業務をしただけですから。」 そう言うと 一瞬躊躇しながらも言葉を続ける。 「・・社長が洲崎姓をお捨てになるとは 正直・・思っていませんでした。」 その声音はまるで白旗を上げたかの様に聞こえた。 まあね。 まだ心の傷は癒えないだろうけど。 失恋は男を強くするって言うしね。 上司として愚痴くらいは聞いてやるかな。 「特別ボーナスは支給するとして お礼に何か旨い物でも食いに行こうか。 奢ってあげるよ。どう?」 そう提案すると碓氷は俺の意図がわかったのか 口元に苦笑いを浮かべる。 「まだ仕事が残っておりますので。 それは室長もです。その後でしたらお供します。」 ツンと澄まして ニヤッと笑った。 ああ。そうでした。 だから優秀すぎるのも考えもんだってね。 「じゃあ。さっさと片付けるか。」 柚くんのおじいさんを送り届ける為に 店の中に入ろうとドアを開ける。 ふと振り返ると 碓氷は既に走り去り 姿が見えなくなった残像を見るかの様に 哀し気な視線を先へと向けていた。

ともだちにシェアしよう!