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第55話 初恋は実らない 2

「俺さぁ、親父の小説読んで、いっつも思ってたんだ」 小説?って官能小説、だったよな? 「なにをだよ」 「あきに、こういう事してぇなって」 「・・・どう、いう事・・・?」 なんか聞くのも怖いけど、酷いことしていいって言ったのは自分だしな・・・、一応聞いとかないと・・・ 「ん?抱きしめたり、キスしたり・・・好きだって言ったり」 「え・・・?」 てっきりSMっぽい事言われると思ってたのに。 「好きだよ、あき」 「あ、え?」 膝を抱えて座っている榛が振り返り、目が合う。優しく弧を描く瞳に、俺の心臓は勢いよく跳ねた。 「お、お、おれ・・・も」 ドキドキしすぎて上手く言葉が出てこない。 「俺は、初めて会った時から、あきが好きだ」 「・・・初めて、って・・・」 ミニバスチームに入った、あの日から? 「ガキの頃の好きなんて、ままごとみたいなもんで、すぐに忘れるって思ってた」 榛の言う通り、俺は忘れていた。 「あきに虐められてなかったら、忘れてたかもしれない」 「・・・それは、マジでごめん」 「なんで謝んの?俺は、あきに泣かされて良かったと思ってるよ」 ・・・本当は、マゾか?榛よ。 「ずっと忘れられなかった。憎むくらい、あきの事ずっと考えてた。ただの好きで終わってたら、今あきは俺の隣にいない」 ・・・そうかもしれない。 榛に復讐されなければ、俺は、男を好きだって言うことを隠して、できるだけ平凡を保ち続けて、無難に生きていくしかなかった。 榛が無理矢理、俺の平凡をブチ壊したから・・・榛が好きだって素直に言えた。 「俺の初恋はあきだよ。どれだけ女を抱いても、あき以上に心が動いた相手なんかいない」 榛の言葉に、嬉しくて恥ずかしくて、顔も耳も指先までも真っ赤になってしまう。 俺たちは、初恋どうしってこと・・・? 「あき・・・酷いことしていいって言ってたけど」 「あ?え、うん」 俺の顔を挟むように、榛は両手をベッドについて覆い被さってくる。 ・・・なにされるんだろ・・・。 怖い。でも、受け入れる覚悟はしてる。榛が好きだから。 きゅっと結んだ唇に榛の唇がそっと落ちてくる。 何度も何度も、何度も。 俺の唇の形や温度や感触を確かめるような、音も無いただ触れるだけのキス。 閉じていた目を開けると、バチッと榛と目が合った。 「あきのまつ毛、震えてたよ?酷いことされるの、期待してた?」 「は、はあ!?なわけ・・・」 「でもその期待には応えてあげれないな」 ぎゅううううっと子供みたいに力いっぱい榛が抱きついてくる。 「うぐぅっ!く、るしっ、重・・・っ」 あまりの苦しさに、引き剥がそうと榛の腕を掴む。 え・・・。 俺は、気付いてしまった。榛が震えていることに。 「あき、普通に抱くよ?いい?」 「榛、なんで震えて・・・」 「いつも震えてたよ。あきに触るのがこわくて。俺以上にあきが震えてれば、気付かれないって思って・・・酷いことばっかした。ごめんなさい」 な・・・んだ、それ。 「なんでだろ、あきに対してだと、今までの経験なんて何の役にも立たない気する」 「・・・」 「俺が必死になってても、笑うなよ?」 「・・・ふっ、笑わねーよ」 「もう笑ってんじゃん」 かわいい。榛が、ヤバいくらいかわいい。 見つめ合って、何故かお互いにウケてしまって、そこから先へ進むのにしばらく時間がかかってしまった。 榛は宣言通りに、『普通』に俺を抱いたつもりの様子だった。 だけど、大事な物を扱うような榛の甘い手つきに、舌に、体温に、俺は蕩けきってしまって、酷くされるより何倍もつらい気がした。

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