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第9話【社会復帰 2】

 仕事に復帰したその初日……何かある度、俺は人間の同僚から色々なことを訊かれた。 「なぁ、何でお前の顔……一部分だけ肌の色が違うんだ?」  それはたまたま同じタイミングでコーヒーを取りに行った同僚から訊かれたことだ。  同僚はカップをスプーンでグルグルと混ぜながら、俺の顔をジロジロと見ている。何だか落ち着かない。  給湯室にある鏡で、俺は自分の顔を見てみた。 「……あぁ、ここか」  額中央から右頬にかけて、ほんの少し違う色合いの皮膚……縫合の痕も残っているし、確かに目立つ。 「事故の時、欠損していたらしい。皮膚移植だ」 「れ、冷静に答えるなぁ……」 「事実だからな」  鋭い目付き、特に鍛えたわけじゃないのにそこそこ厚みのある胸板や腕。百八十センチの身長もそのまま。ぱっと見、顔の皮膚移植以外は人間の頃と同じだ。  コーヒーを淹れている俺を見て、同僚がまた疑問を口にする。 「腹とか減るのか?」 「まったく。食べなくても問題ないらしい。それでも嗅覚と味覚はあるからな。食べたくなるし、飲みたくなる」 「そういうもんなのか……」  馬男木先生に言われて知ったが、他種族が多く住むこの街でもリビングデッドはかなり希少らしい。馬男木先生も、片手の指で数えられるくらいしか会ったことがないとかなんとか。  だからこうして、興味の対象になってしまうのは理解できる。それをわざわざ口にするかしないかは、人によって違うだろうが。……ちなみに俺だったらしない。 「お前、確か奥さんがいただろ? 死後生命保険、入ったらどうだ?」 「だけどよ、リハビリとか色々……大変なんだろ?」  リビングデッドに興味でも持っていたのか、或いは身近な人間がリビングデッドになったから興味が湧いたのか……どうやらリビングデッドになった後のことを知っているようだ。 「確かに大変だが、人間だって生きていくのは楽じゃないだろ。やることが違うだけだ」 「あ~……言い得て妙、だな」 「だろう? 保険……前向きに検討してみてくれ」  そして鷭を相手に契約してくれたら、鷭がまた一歩ノルマ達成へと近付く。俺は歩く広告塔なのかもしれない。  俺達は雑談を早々に切り上げ、コーヒーの入ったカップを持ちながら、自分のデスクへ戻り、仕事を再開した。  鼻腔をくすぐるいい匂いに、俺は堪らずカップを手に取り……コーヒーを飲む。……美味い。 「山瓶子。ちゃんと冷まして飲まないと、火傷するんじゃないか?」 「……ム」  この体になって、嗅覚と味覚が残っているのは相当の美点だろう。本心だ。出来立てアツアツのものをすぐ食べても、痛みがない。それもそれである意味美点かもしれないな。  だが、痛覚がないから自分が負傷したのかどうかが分からない。同僚に指摘され、俺は眉間に皺を寄せる。  もしも火傷していたら、馬男木先生は怒るだろうか……そんなことを考えながら、俺はしっかりとコーヒーを冷ましてから飲み干した。

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