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第10話【通院 1】
案の定だった。
「山瓶子麒麟さん……リビングデッドは、自己再生できません。確かにそう、お伝えした筈です」
風邪をひいた時にするような検査をしてくれた後、馬男木先生が困ったように呟く。
「舌を、火傷しています。何か、お心当たりは……?」
「お心当たりしかありません」
「…………気を付けてくださいね……?」
病院で入院している間は、自分が【リビングデッドになった】と意識していたから慎重に行動できたが……一度人間として長く過ごしていた場所へ戻るとどうにも駄目だった。触覚も痛覚も無いけれど、自分のことを【人間】と錯覚して行動してしまう。
口の中を見た後、馬男木先生は俺の顔にある縫合をジッと見つめる。
「肌の手入れは……問題無さそう、ですかね……っ?」
「気を付けてます」
これ以上困らせないよう、家では細心の注意を払ってケアしてきたからバッチリだ。少しだけ得意気に答えると、馬男木先生は眉を八の字にしたまま口角を上げた。
「それは、良かったです」
そのまま、今度はじっくりと目を見られる。それは目を合わせているというわけではなく、目の検査をしている意だ。
「目は、欠損したらすぐ分かると思いますので……何かありましたら、すぐに連絡してくださいね……?」
「勿論です」
入院している頃は毎日行われていた検査も、一週間ぶりだと何だか落ち着かない。そもそも入院中はできうる限りそばにいてくれたから、検査らしい検査ではなかった……というのも、この検査が落ち着かない理由か。
顔面の検査を終えた後、馬男木先生はボールペンを手に持って机に向き合った。
「今、記録しますので……少し、お待ちください」
「ゆっくりで大丈夫です」
以前までと少し違って落ち着かない部分もあるけれど……相変わらずな部分もある。
「……っ。は、はい……っ」
例えば今みたいに、馬男木先生は突然ぎこちない動きをするところなんかは相変わらずだ。今だって、ゆっくりでいいと伝えただけなのに、ペンを動かす指の動きがぎこちなくなっている。急かした方が良かったのだろうか。
「あ、あの……」
「はい」
手を動かしながら、馬男木先生が呟く。
「あ、ありがとう、ございます……っ」
…………何が?
とは、おそらく言ってはいけないのだろうと空気を読んで、閉口。馬男木先生が動く度に舞う雪が水滴になっていることも、あえて指摘しない。
一ヶ月間、担当医としてそこそこ長い期間一緒に居てくれたからか……馬男木先生がこうして俺の為に働いてくれているのを見ると、安心する。
診察室で、二人きり。……と言っても壁の向こう側には看護師がいるけれど。俺は馬男木先生と過ごす時間が、そこそこ好きだったりもする。
が、きっとそれを伝えたら困らせるだろう。馬男木先生は医者として患者の俺を診ているんだから。
なのでたった一言「こちらこそ」と今更過ぎる相槌を打つと、馬男木先生がまた水滴を零した。
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