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第13話【通院 4】
現実逃避するかのように保険証を片付けた鷭は、ココアを飲み始める。
「友達のお見舞いにすら行けないのに、何でドックは分かってくれないんだろ……無慈悲だよね、強制だなんて……」
「保険会社に勤めるなら尚更だな」
「そこ。正論言うな。私が一番よく分かってる」
どうやら鷭は、人間ドック――ならぬ、バンシードックに向かう途中だったらしい。病院に向かっている途中で出会ったということは、おそらく目的の病院は同じなのだろう。
鷭は決して自身の健康状態に不安を抱いているわけではない。病院に行くことが嫌なだけ、しかもそれは検査が嫌なのではなく、根本的に【病院】だから嫌なようだ。
「死にそうな人がいるとするじゃん? いや、人じゃなくてもいいけどさ……誰か何かいたとするじゃん? それで私、わざわざそんな誰かの病室に乗り込んで叫んじゃったらどうしよう……」
「ム。難儀だな」
「自分で自分を止められないんだよ~! 麒麟、どうしよう!」
習性というものは、やはり自分では止められないらしい。止められるのだったら、きっと俺にもあの日、叫ばなかっただろう。
ココアを大事そうに握った鷭が、俺を見上げる。感情表現が豊かな鷭の顔は、不安でいっぱい……といった、何とも情けない表情を浮かべていた。
そんな友人を放っておけるほど、俺は薄情ではないつもりだ。
――なので一つ、提案をしてみる。
「――手を繋ぐか」
「…………えっ」
山瓶子麒麟、並びに半司鷭……共に現在、三十才。キャッキャウフフと手を繋いで、仲良く目的地へ向かうような年齢ではない。
だから鷭が『何言ってんの麒麟……』といった目で俺を見てくるのは許容範囲内だ。俺もきっと、鷭にそんなことを言われたら似たような反応を返すだろう。
だから俺は、しっかりと説明する。
「途中まで俺が手を繋いで、お前を制止する。病院に着いたら、誰か先生に相談しよう。他種族にも理解ある病院だから、きっとバンシーの習性も分かってくれる筈だ」
手を繋ぐ意図を説明すると、鷭が納得したように「あぁ……!」と頷く。
が、すぐに表情を曇らせた。
「で、でも……ほんとに分かってくれる、かな?」
「少なくとも、俺を担当してくれている馬男木先生なら分かってくれる」
俺の出した具体例が信用に足る証拠だと思ってくれたのか、鷭は釈然としない表情を浮かべたままだが……小さく頷いた。
「う、ん……分かった、信じる」
「よし。そうと決まれば病院へ行こう」
そう言って立ち上がると、俺はすぐさま鷭へ手を伸ばす。
「え、ここから繋ぐの?」
「備えあれば何とやら、だ」
「うわっ、恥っず! 私、三十路だよ?」
「奇遇だな。俺も三十路だ」
――同級生なんだから当然だが。
やはり釈然としないと言いたげな表情を浮かべていたが、覚悟を決めてくれたのか……鷭が俺の手を握り返してくれる。
その時……ほんの一瞬、鷭が驚いたような表情を浮かべていたが……それがどういう理由から生まれた表情だったのかは、分からない。
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