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第29話【夢 1】
その日、俺は懐かしい夢を見た。
それはまだ、俺が腱鞘炎で通院していた時のこと。いつも通り病院へ通い、受付を済ませた時だ。
『今日の外科の先生、他種族なんだってさ』
『えぇ~……気持ち悪い。ハズレじゃん』
『キャンセルしようかなぁ……』
受付を済ませて椅子に座った時、そんな話が聞こえてきた。
それらの言葉に、悪意はなかっただろう。純然たる、本心だ。
だけど俺は、どうしてもその言葉が許容できなかった。
――何故なら、目の前で山積みの書類を抱えて歩いている他種族の先生が……とても、悲しそうな顔をしていたから。
だから俺は、立ち上がった。
『――手伝いましょうか』
喧騒と雑音から、少しでも気を逸らしてあげたい。そんな大義面分は持っちゃいない。
ただ、何となく……何故か、このまま放っておけなかった。理由はそんなフワフワしたものだけ。
大きな赤い瞳を揺らして、キラキラと粉雪を舞わせていたその先生は……泣き出してしまいそうな情けない表情のまま、へらりと情けなく笑ってくれたのを……今でも、憶えている。
『ありがとう、ございます』
そう言ったくせに書類を一切手渡さず、その先生は歩いて行ってしまった。
もしかしたらあの表情はデフォで、患者の話なんて聞こえていなかったんじゃないか。後になって、そう思った。
だけど自分が間違えたとは思いたくないので、俺はその先生が残した感謝の言葉を都合よく受け入れる。
――どうか、他種族であることを悲観しないでほしい。
――少なくとも俺という人間は、そんなこと気にしちゃいないのだから。
そう考えたところで、俺はゆっくりと目を覚ました。
昼休み、同僚に今日見た夢の話をしてみると……何故か、ゲラゲラと笑われた。
「ハハハッ! 何だよ山瓶子! その他種族の先生が好きなのか?」
「……ム?」
「夢にまで見たんだろ? で、今の担当医? もうそりゃ恋だろ、恋!」
「ム、ムゥ……?」
……何て?
どうして夢に雪豹先生が出てきただけで、恋だと決めつけられなきゃいけないのか。訳が分からず眉間に皺を寄せると、別の同僚が近寄ってきた。
「アレか? 夢に見るほど想ってる~ってやつ!」
「あ? 夢に出てくるのは相手が自分を想ってるから……とかじゃなかったっけ?」
「それ何時代の話だよ!」
駄目だ。飛躍しすぎていてよく分からない。
俺はただ……他種族に対してどう思っているのか訊きたかっただけなのだが。
「その先生って男だけど、雪なんだろ? じゃあ、女の体に変身できたりするんじゃね?」
「セクハラだぞ!」
「好きな体型になってもらえるじゃんか! ヒューヒュー」
確かに、雪豹先生は時々身長が低かったりするが……女の体になれるのか、気にしたこともない。
想像力豊かな同僚を、もう一人の同僚が宥めているが……根本の会話からついていけていない俺は、ただただ困惑し続けた。
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