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第32話【孤独 1】

 予想外の出来事は、予想していないから『予想外』と言う。こんなの、子供でも分かることだ。 「ここだけの話、聞くか?」 「つまんねぇ話だったらケツバットな」 「年末かよっ!」  年末年始休みに入る、数日前の今日。同僚二人の話し声が聞こえて、俺は男子トイレへそっと近寄ってみた。俺だって好奇心がある。ちょっと気になったって不思議じゃないだろう。  けれどほんの少しだけ良心が『盗み聞きは良くない』と諭してくる。その警鐘に従い、俺はその場から離れようと足を動かした。 「山瓶子のことだけどよ」  ――が、立ち止まる。  盗み聞きは良くないと思う。分かっている。  だが、自分の名前が出たのだ。気になったってしょうがないだろう。  陰口を言う二人とは思えないが……だからこそ俺は、こっそりと耳を傾けた。 「リビングデッドって、マジで痛覚ないのな」 「は? 山瓶子だってそう言ってただろ」 「イヤイヤ。実感したんだよ」  ……どういう意味だ?  まさか……俺が知らなかっただけで、同僚もリビングデッドだったのか。何だか仲間ができたみたいで嬉しいぞ。  詳しく訊きたくなって顔を出そうとした――その時だ。 「――この前シャーペンの先でうなじ突っついてみたんだけど、無反応だったぜ!」  ――は? 「いやお前それ……学生のイジメと大差ねぇぞ?」 「人聞き悪ぃな! 知的好奇心ってやつだろ!」 「いやイジメだ。普通に誰がどう聞いてもイジメだ」  無反応……シャーペンの、先?  恐る恐る、うなじに手を触れてみる。だが当然、手先には何も感じないし……うなじもうなじで、何も感じない。  ……何で、突っついたんだ? これはおそらく、当然の疑問。だけどその答えは、もう言われた。  ――知的好奇心。 「な~んか。今までと言動とか変わんねぇから実感ないけど……ヤッパリアイツ、もう人間じゃないんだなぁって」 「そりゃ、リビングデッドだしな。雪だって降ってるのに、上着とか着てなかったんだから、見りゃ分かるだろ」 「そうだけどよぉ……」  ――体が、ブルリと震えた。  当然、寒さからではない。寒さなんて感じないし、尿意もないから違う。本能的に、震えたのだ。 「そう言えば、トイレにも行かねぇよな。腹とかくださねぇのか?」 「俺が知るかよ……」 「今度訊いてみようぜ!」 「お前ほんといい加減にしとけってマジで……」  そこから先の話は、聞こえなかった。  ――いや。厳密に言うと、聴かなかったのだ。  何故か震える腕を押さえて、腕と動揺に震える足で何とか歩き出す。  体が震える理由は分からないけれど、それ以上に……どうしてか、その場から離れたくてたまらなかった。

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