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第37話【孤独 6】

 以前、俺は【青天の霹靂】という言葉を用いた。きっと数時間前までの俺なら、同僚がトイレで話していたこともそう思えたのだろう。  だけど『本当は違う』と……どこかで、分かっていた。  ――何故なら、前触れはずっとあったんだ。  退院してから、リビングデッドになった感想を何度も訊かれた。何が変わって何が変わっていないのか。リビングデッドとして生活してみて大変だったり辛かったことは? ……そんなことばかり。  ――俺は俺のままなのに、だぞ。  鷭の手を引いて病院に行く時もそうだ。  手を繋いだ時、鷭は一瞬だけ驚いたような顔をしていた。  ――あれはおそらく、俺の手があまりにも冷たかったからだ。 『……ボクの体は、雪でできていますから……半司さんに、不快な思いをしてほしくなくて……っ』  あの時の俺はきっと、雪豹先生と同じように何かしら対策をしてから鷭の手を引くべきだったのだろう。  ――だけどその発想が無かった。 『懐かしい過去の夢を見たのか……懐かしい過去を思い出している自分の夢を見たのか』  あの日見た夢はきっと……雪豹先生の言葉を借りるのなら、こういう夢だっただろう。  ――『過去を思い出している自分の夢』だ。  俺にとって【他種族が差別されている】と明確に気付き【放っておけない】と意識したのはあの時だけ。  ――だからあの夢を見たのは、本能的な警鐘。  あの夢で見た出来事が起こった、過去の日……俺は人間だった。区別するのなら【他種族を差別する側】だったのだ。  だけど、今は違う。 『リビングデッドって、マジで痛覚ないのな』  ――今は……【他種族として差別される側】だ。 「笑っちゃいますよね? 自分で選んだことなのに……いざ他種族として見られたら、痛覚がないくせに『胸が痛い』だなんて……ッ」 「麒麟さん……っ! 落ち着いて、落ち着いてください……っ!」  一つ一つの出来事は、本当に些細なものだろう。その時々で、俺はここまで気にしていなかったのだから。  目の前で俺の手を握っている雪豹先生を見て、ロマンチストでもないくせしてこんなことを思う。  ――あれら全ての出来事は、雪と同じだ……と。  一つ一つは大したことないのに、積もっていく。俺に残された【人間】の部分を、容赦なく埋めていくのだ。 「ボクは、麒麟さんの……味方、です。ボクは……麒麟さんを、差別しない。麒麟さんがボクを差別しないように……手を握っても、嫌がらないように……ボクは、貴方の味方です」  握られた手に、視線を落とす。そうだ、雪豹先生の体は雪でできているから……この手も、雪のように冷たいのだろう。  ――なのに何も、感じない。 「俺の手を握っても、雪豹先生は融けないんですね」  ――あぁ、俺はどうしてしまったんだ……ッ。  ――雪豹先生が悲しそうな顔をしているのに、何を言っているのか……もう、自分でもよく分からない。

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