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第38話【孤独 7】

 手を握り返してみると、雪豹先生の肩がビクリと跳ねた。 「きり、ん……さ……?」 「この手を振りほどかなかったら、俺の味方でいてくれるんですか」  繋いだ手をわざとらしく掲げてみると、雪豹先生の大きな赤い瞳が動く。掲げられた手を、追っているのだ。 「それって……俺がリビングデッドで、この手を『冷たい』と思わないからですか」 「ち、違――」 「俺を飲みに誘うのも、俺の味方だって言うのも……全部、全部全部ッ! 俺がッ! 先生と同じ他種族だからですかッ!」  叫ぶと同時に、雪豹先生が慌てたように腕を引き始めた。 「や、やめて……っ! 離して、い、痛い……っ!」 「『痛い』? 先生には痛覚があるんですね。でも、俺はありません。だからこの手に今、どのくらい力が入ってるかもよく分かっていません」 「や、イヤですっ! 砕け、ちゃいますからっ、離――」 「だったら形をなくせばいいじゃないですか」  自分から、こんなに冷たい声が出せるだなんて。どこか冷静な自分がそんなことを考えた、気がする。  だけど手は、雪豹先生を離さない。  どのくらい力が籠っていて、どのくらいの圧力で砕けてしまうのか分からないけれど……雪豹先生の顔色がみるみるうちに悪くなっていく。  ――そんな様子すら、腹立たしい。 「この前、言ってましたよね? 家では人の形をしていないって。だったら今この場で、腕だけ形を崩す……なんてことも可能ですよね?」 「そ、れは……っ」 「そうしないなら、砕きます」 「っ!」  認めているけれど、認めたくないのだ。  確かに俺は人間だった。そして、保険に加入してリビングデッドになったのも俺の意思だ。鷭のせいでも、担当医の雪豹先生のせいでもない。  ――だけど……俺は、俺だろう。 「先生、どうしますか。きっと、砕いたら痛いんですよね?」 「う、っ」  握った雪豹先生の手を見て、俺は思わず鼻で笑う。 「はっ。なるほど、硬度を増すことも可能……と」 「っ!」  ――人の手と同じ色をしていた手が、氷になっているのだ。  目に見えて人間じゃない部分を見られて、幾分か胸がすいた。俺は雪豹先生から手を離し、残っていた酒を浴びるように飲んだ。 「あ、危ないですダメです……っ」 「関係ないじゃないですか。俺はもう人間じゃない。リビングデッドなんですから」 「それでも、麒麟さんは生きてます!」  ――馬鹿が、やめろ。 「泣きそうな顔してますね。そんな先生に質問です。……雪男って、泣けるんですか?」  冷たい問い掛けに、雪豹先生の肩が跳ねる。  情けなく下がった眉尻と、震えている大きな赤い瞳。今しがた自分が言った通り……雪豹先生は、泣きそうだ。 「麒り――」 「ねぇ、雪豹先生。……【あの時の続き】、しましょうか」  グラリと、雪豹先生の体が揺れた。  ――馬鹿が、やめろ。  ――雪豹先生を、これ以上傷付けるな。

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