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第39話【孤独 8】

 『【種族・人間限定】死後生命保険』……その保険に加入したのは、俺の意思だ。  リビングデッドになっていいと決めたのは俺だし、鷭と話していて【いきなり訪れるかもしれない死】に怯えたのも……俺だった。  リビングデッドになったあの日……雪豹先生の顔を見て安心したのだって、事実。  ――だからこれは……どう見たって、八つ当たりだ。 「な、き……り、ん……さん」  掠れた雪豹先生の声が、鼓膜を震わせる。  グラリと揺れた雪豹先生の体は今、床に押し付けられていた。長い銀髪が床に広がっていて、凄く……綺麗だと、思う。  そんな雪豹先生の頬を撫でると、まるで処女みたいに大きな反応を返してきた。 「ひっ!」  悲鳴をあげて、体を震わせる。顔は真っ赤で、今にも融けてしまいそうだ。  ――だけどそんなこと、どうだっていい。 「キス、したいって言わなかったですよね」 「え――」 「酔いが醒めても言えたらするって、言ったじゃないですか」  雪豹先生は、綺麗だ。本当に、凄く。  正直、雪豹先生なら抱けると思う。他種族に嫌悪感なんてないし、これだけ綺麗なら男だろうが女だろうが関係ない。  幸いにも、俺の胸には人工的に作られた心臓が入っている。防腐剤を含んだ血液を全身に流す為だ。  ――つまり、勃起はする。 「ま、待って……っ! こんな、こんなのっ」  新調したらしい服に手をかけると、またもや性経験のない生娘みたいな反応が返ってきた。  ――けれど、それは無視。 「味方でしょう? 他種族同士……仲良く、慰めてくださいよ」 「イヤ、です……。こ、こんなやり方……お、おかしい……っ」 「でも先生、泣いてないじゃないですか。酔った時もキスしてって言ってましたし……本当はこういうこと、好きなんじゃないですか」 「こ、こういう行為が……好きなんじゃ、なくて……っ」  泣きそうな顔をしているくせに、ちっとも涙は流さない。それでいて、顔は赤いまま。  きっと雪だから、泣いたりできないのだろう。そこまで分かっているのに、止められない。 「酔った時、口にする言葉はその人が普段思っていることだとか何とかって……そのくらいは知ってますよ。誤魔化せるとでも?」 「ちがっ、ボクはそんな……誰彼構わず、言いたいわけじゃ……なくて」 「つまり、俺のことが好きってことですか?」  ――瞬間。 「そ……れ、はっ」  分かり易い程、雪豹先生が狼狽した。  それと同時に……今まで雪豹先生が取っていた言動の不可解さが、一気に理解できてしまった……気が、する。 『そ、そう……そうなんですね……っ』 『恋人と、勘違い……してしまって』 『だって……一緒に、飲みたかったんですもん』  俺と鷭が恋人じゃないと分かった時、安心したり。  鷭との関係性を気にした時も。  俺を飲みに誘った、あの時だって。  ――全部、そういうことだったんじゃないか……と。

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