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第41話【孤独 10】

 涙を流さずに泣いている雪豹さんを見て、俺はどうしようもできなかった。  感覚の無い足が、グラグラと揺れているように感じる。そんなことはあり得ないのに。  泣けない雪豹さんが、俺を真っ直ぐに見上げている。その視線にすら、俺は応じられない。  雪豹さんから離れ、息を深く吐く。床に押し倒された雪豹さんの起き上がる気配を感じたけれど、それに対して何とも思わない。  ――ただ酷く……苦しかった。 「麒麟さん、ボク――」 「一人にしてください」  とてもじゃないが、忘年会を再開しようなんて思えない。俺だけじゃなく、雪豹さんだってそうだろう。 「すみません。今は、一人に……」  好きなだけ喚き散らして、強姦までしかけて……何で俺は被害者みたいな顔をしているのか。  不意に、物音が聞こえた。その音は雪豹さんが帰り支度を始めた音だと気付いたのは、控えめに聞こえた「お邪魔しました」の声でだ。  こんな時、どうするのが正しいのだろう。次の診察は来年だ。俺は雪豹さんの連絡先なんて知らないし、謝れるとしたら年明けか? ……いや、担当医を外れている可能性だってある。  ――だったら、一生……このまま? 『ボクが勤め続けている限りは……ずっと、お世話、します……っ』  退院の際、言われた言葉を思い出す。  俺が返事をしたあの時も、雪豹さんは雪ではなく水滴を零していた。保冷剤を忘れたのかと思っていたが、あれはきっと……照れていたのだろう。  ということは、あの時から既に俺を好きだった筈だ。じゃなきゃ、あんな普遍的な言葉に照れたりしないだろう。  リビングデッドになってから迷惑はかけたけれど、好意を抱かれるようなことをした覚えも、心当たりもない。 「……クソッ」  謝らなくちゃいけないと思っているのに、どうして俺なんかを好きになったのかって理由を探している。罪悪感から目を逸らして、いったい何になるのだ。  耳を澄ましてみろ。外からは、雨の音が聞こえてくる。スーパーで買い物を終えてアパートに戻る途中、確かに空は曇天で――。 「――雨?」  思わず、呟く。  俺は覚束ない足取りで何とか窓まで近付くと、そのままカーテンを開けた。  外は、大雨が降っている。そう理解した瞬間だ。  ――雪豹さんは、傘なんて持っていない。 「……ッ」  ゾクリと、体が震える。 『ボクの体は雪でできていますので~、水に触れたり飲んだりすると~? なんと! 溶けちゃうんですよ~っ!』  楽しそうに笑いながら、ヘラヘラと他人事のように重要なことを言っていた雪豹さんを思い出す。  ――ようやく俺は、事の重大さに気付いたのだ。  ――この雨の中……雪豹さんを、追い出してしまった。

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