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第42話【雨 1】
生憎と、傘は一本しか持っていない。それでいて傘を差しながら走るなんて芸当、俺にはできなかった。
今は自分が濡れることよりも、もっともっと気にするべきことがあるからだ。傘を差して失速している場合じゃない。
「クソッ! いったい、どこに……ッ!」
傘一本をしっかりと握り、辺りを見回す。そこそこ積もっていた雪が濡れてグチャグチャに汚れているけれど、感情のない雪に興味はない。
行くとしたら、住んでいる職員寮だろう。だけどそこに向かうルートは一本じゃないから、これはもう賭けに等しい。
無事に帰っているのなら、雨宿りできているのなら……それでいい。
――だけどもし……濡れていたら?
「雪豹さんッ!」
行き場のない焦燥感をどこかに吐き出したくて、名前を呼ぶ。勿論、返事はない。
寒さも雨の冷たさも感じないのに、血の気が引いて仕方なかった。
謝らなくてはいけない。
全部、全部。
化け物扱いされて、俺は落ち込んでいた筈だ。なのにどうして、自分が言われて嫌なことを雪豹さんに言ってしまったのか。
雪豹さんはアパートを出て行く最後の時まで、俺の味方でいると示し続けてくれていた。なのにどうして、信じられなかったのか。
――謝りたい。
――謝って、それで……。
『その他種族の先生が好きなのか?』
水溜りで靴が濡れることも気にせず、俺は闇雲に走り続けた。走ることができるくらいには無痛症みたいな体に慣れたけれど、道が悪いと転びそうになる。
それでも俺は、止まれなかった。
「雪豹さんッ! いたら返事をしてくださいッ!」
暗い中叫び、傘を持っているくせに差していない俺を怪訝そうに眺める人がいる。だけどそんな外野はどうだっていい。
――あぁ、そうだ。
――初めから、気にしなきゃ良かっただけなのに。
「ねぇ、あれ見た?」
ふと、他とは違う声が聞こえた。
「あ、さっきの人? 寒かったのかな? 傘とか買ってあげた方が良かった?」
「そうじゃなくて! さっきの絶対他種族でしょ! 足元凍ってたもん!」
「ウソ! ちゃんと見てなかった~!」
「たぶん雪女とかじゃない? 女の子みたいな髪の毛してたしさぁ」
声がした方を、慌てて振り返る。
話し込んでいるのは、傘を差した二人の女だ。
「メッチャ震えてたよね? 雪女だとしたら……寒さに弱いのかな?」
「やだ、何それギャップじゃん~」
違う可能性は、十分にある。
それでも今の俺は、藁にも縋る思いというやつだった。
自分がどう思われるかなんて気にすることもなく、俺は通り過ぎる女の肩を強く掴む。
「――その雪女、どこにいたッ!」
女二人は、不可解そうに俺を見ていた。
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