44 / 48

第44話【雨 3】

 暫く黙って睨み合っていると……先に雪豹さんが身じろいだ。 「お願いします。この手を、離してください」 「離したら、また水を吸うでしょう」 「当然です」 「だったら離せません」  誰が好き好んで雪男を融けさせるものか。  雪を吸収するように、どうやら雪男は水も吸うことができるらしい。だが、おそらくそれは自殺行為だろう。  水分を吸収したら、きっと雪豹さんは内側から融けてしまう。そんなこと、許容できる筈がない。  本人が一番分かっている筈なのに……何故か雪豹さんは引こうとしなかった。 「ボクはどうなったって構いません。だから、この手を離してください」 「確かに、雪豹さんは俺の担当医です。そして俺は、貴方の患者です。だけどここは病院じゃない。貴方がそこまでする必要、ない筈です」  これは誰が聞いたって、正論だろう。  ――だけど雪豹さんは、それを良しとはしてくれない。 「麒麟さん。……ボクは、バケモノです。貴方の言った通り、ボクはバケモノなんです」  いつもと同じく、どこか自身の無さそうな瞳。それでも雪豹さんは引かない。  雨に怯えているくせに、唇だって震えているのに。  雪豹さんは、決して引かない。 「誰かを救いたくて、必死に勉強しました。だけどどんなに成績が良くたって、ボクは人間からすると他種族です。等しく、バケモノなんです。そこに学歴も性格も関係ない」  同じ他種族になった俺だからこそ、その言葉は痛い程よく分かった。  だけど、それは今の状況とは何の関係もない筈だ。  ――その考えを、雪豹さんは両断した。 「――でも、貴方だけは違った」  降りしきる雨の中、小さなその声だけが……やけにハッキリと聞こえる。 「書類を運んでいるボクに、手を差し伸べてくれた。人間じゃないボクを、対等に扱ってくれた。怖がらずに、握手を求めてくれた。貴方だけは、ボクをバケモノ扱いしないでくれた。だから……っ」  思わず手の力を緩めると、雪豹さんはその隙を見逃さなかった。  手を引いて、俺の濡れた服に触れる。 「だからボクは、どうなってもいい……っ。貴方が、好きだから……貴方を守れるなら、ボクは融けたっていいんです……っ」  ――そんなの、いい筈ない。  雪豹さんはそう言いながら、俺の服や肌に付いた水気を吸っていく。その体は依然ガタガタと震えていて、怯えている。 「――で、す」  思わず、声が出た。 「それは、俺が……嫌、です」  このままもし、俺の為に雪豹さんが融けたら。  そう思うと、寒さを感じていない筈の体が……ガタガタと震えた気がした。

ともだちにシェアしよう!