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野分(1)

 その本屋は寂れた商店街の中にある。通りに向かって壁はなく、露天のように平台の上に本が並べられている。  品ぞろえも雑多だ。間口も奥行きも十歩もあるけば通り過ぎてしまいそうな狭い店内に、医学書からSM雑誌までそろっている。  その中に男性向けの男性ポルノ誌があるのは前から知っていた。  台風の警報が出されたため、学校は六校時以降は課外授業も部活動も中止され、早帰りとなった。  竜一はバスに乗る前にふと本屋のことを思い出し、歩いて商店街にやってきた。  店の奥には、筋肉質の男性の背中の写真が表紙のもの、少年のイラストが表紙のものと、相撲取りのような体型の男のイラストが表紙のものと、それらしき雑誌が三種類あった。ちょっと迷ったが、筋肉質の男性の表紙を手にしてレジに向かった。  毛糸の帽子をかぶったじいさんが畳敷きの小上がりに座って店番をしている。今日もそうだ。じいさんはちらりと竜一を品定めするように見た。学生服姿はちょっとまずかったかな、と思ったがじいさんはそれ以上詮索することもなく値段を告げた。 「千八百円ね」 「え、意外と高いんすね」  雑誌だから千円もしないと思っていたのだが、これでは全く手が届かない。 「買う人少ないからね。やめとく?」 「すいません」  頭を下げて店を出ると、じいさんは面倒くさそうに雑誌を棚に戻しに行った。  汽車に乗り町に戻ると、さっそく海鳴りが出迎えてくれた。空気は重く湿っているのに、コーコーと不思議に乾いた音に聞こえる。竜一は海の様子を見たくなって坂を下りきると、危険を承知で防波堤沿いの道を歩いて帰っていった。  眼前にはじける波はまるで猛獣の咆哮だ。  雲が流れ、風が波を呼び、砕けた波から塩が飛び散る。あたりは塩の靄で白く煙っていた。  予報では台風が最接近するのは深夜ごろ、明け方には抜けて、明日は台風一過、晴れ渡った秋空になるということだった。  アパートの玄関を通りすぎようとして、立ち止まった。掲示板には明日行われる秋祭りのポスターが風にあおられながらもしがみついていた。  秋祭りも夏祭り同様、開催日に曜日は関係ない。必ず十月十三日と決まっている。ポスターには「特別出演!波切神楽団」とあった。  夏祭りと秋祭りの主催の神社は違うが、夏祭りでの神楽の評判があまりにもよかったので、氏子違いでも出演依頼されたらしい。おそらく、みんなが辻の舞をもう一度見たいのだ。  それは竜一も同じ事だ。 「あれ?」  家の鍵は開いていた。台所の方から母親の気配がする。玄関の時計を見るとちょうど午後六時半だった。母親はいつもならば夕方にいったん帰宅し、夕飯を整えた後また働きに出る。帰ってくるのは十一時過ぎくらいだ。この時間に家にいるのは珍しい。  母親は竜一の姿を見てあきれかえった。 「何だいその格好は、ずぶぬれじゃないか」  波が竜一の制服をぐっしょりと濡らしていた。 「傘は?」 「持ってない」  雨に降られたわけではないが、いちいち説明するのも面倒くさい。 「まったく、天気予報も見ないのかい。風呂は沸いてるからさっさと入っちまいな」  風呂から上がってくると、食卓に夕食が並べられていた。イワシの煮付けに、キャベツのゴマ和え、それにわかめとネギの味噌汁だ。顔を合わせても特にしゃべることもない。二人とも黙々と夕食をすませた。  竜一が食器を洗い出すと母親は風呂に入っていった。何も言わないがさすがに台風で店も休みになったのだろう。  母親の風呂はまさに「烏の行水」だ。竜一が食器を洗い終えると同時に上がってきて、ぱたぱたと化粧水をふって、とれかかったパーマを乾かし、ヘアネットにおさめるのに余念がない。布団を敷いて寝る準備をととのえると、おもむろに鞄の中から図書館から借りてきた洋物の推理小説を取り出して横になった。母親が自分の世界に入ったのを見て竜一は自室に戻った。

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