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愛人と本妻(3)

 アパートは基本的にはどの家も同じ間取りだ。辻も竜一と同じく、居間の隣の三畳間をあてがわれていた。見覚えのある襖をノックをするように二回ならした。 「おう、入れよ」  声は元気そうだが、すこしくぐもってつかえる感じがした。振り返ると、辻の父と母は何かしゃべりながら台所に向かい、居間と台所を隔てるガラス戸を閉めている途中だった。  辻は灰色のパーカーを羽織り、ベッドに座って笑顔を作っていた。  辻の父からあらかじめ聞いていたが、想像以上の傷のひどさに身が固くなった。  傷は左目の下から鼻を横切り右頬にまで、辻の顔の上に長々とのさばっていた。包帯はとれていても赤紫のかさぶたは未だ残り、かさぶたのとれた部分にはピンクの薄皮の下にまだ落ち着かない肉のひきつりが見える。辻の冷たい目にはおびえるような竜一の姿が映っていた。  辻は目つきを変えず、にやりと大きく笑った。 「かっこいいだろ」  竜一はたまらず辻の横に座り込こみ、辻に抱きついた。 「……かっこいいけど、……痛そうだ」  絞り出すような竜一の声を聞いて、辻は竜一の肩に顔をうずめた。  普段の辻ならば、「痛ぇにきまってるじゃねぇか」とかなんとか言い返してきそうなものだが、辻は強く竜一を抱きしめるだけだった。  竜一は、今、辻は笑っていないだろうと思った。 「俺、香具師にはなれねぇってよ」  顔を見せぬまま辻はつぶやいた。 「……傷のせいか?」 「ああ。病院に塩崎さんから電話があった。客商売は無理だって」  辻の背中は夏と比べるとずいぶん痩せていた。抱き合っていて骨を感じるほどだった。  竜一は訳も分からず悲しかった。何が悲しいのかもわからないのに涙があふれでる。涙に洗い流されるように頭の上の重石がとれて全身の力が抜けていく。 「俺、お前について行こうって思ってた」  辻は顔を上げて竜一の頬を手のひらで覆い、ぺろっと舌で涙をすくい取った。 「しょっぺ」 「しょっぺえよ……そりゃ」  辻は口先だけでちょこんと竜一にキスしてから呆れたようにため息をついた。 「そんなことにならなくて、よかったよ」  笑顔は痛みにひきつっていたが、目にはおおらかさが戻っていた。

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