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愛人と本妻(7)

 竜一が首を伸ばして人垣をのぞきこんでいると、誰かがちょんちょんと肘をつついた。  振り返ると真島が青い顔をして身を屈めていた。 「ちょっと、三上さんいいすか」  真島は竜一の腕をとり石段を逆戻りしようとする。 「なんだよ、せっかく場所とったのに」 「田中が捕まったんです」 「お前ら夏にも捕まってなかったっけ?」 「だから!その時の大将の梅原ですよ。俊英の三年の」  真島はあごをしゃくってみせた。視線の先に練習場を取り囲む人垣とは少し離れて立っている男が見えた。縦も横も人一倍大きくがっちりしていて、いかにも大将格といった雰囲気がある。身体の厳つさに対してピンクとスカイブルーのジャージが実に不釣り合いだった。男の前にはくったりとうなだれた田中が立っている。 「梅原の奴、辻さんをつぶしに来たんですよきっと。あの恩知らず……」 「恩知らずって、何だよ」  ただ敵対しているというには関わりの深すぎる言葉だ。  真島はますます声を潜めて竜一に耳打ちした。 「夏に喧嘩になったときに、辻さんに負けてあいつ刃物を……俺は見てないんすけど、刃物を取り出すのを坂口さんが見たんだって言って、梅原を海に突き落としたんです。それを辻さんが助けてやったのに」 「夜の海に、突き落とした?」  ぞわりと毛が逆立った。坂口の名が出たからだけではない。板子一枚下は地獄とは言うが、夜の海はそういうところだ。  からからと練習場の戸が開いた。練習だというのに歓声がわき上がる。 「田中は……俊英に入ったから、捕まったら断れないんすよ」 「そうか……あいつ、俊英だったのか」  地元の先輩と、高校の先輩の板挟みになってつらい思いをしたに違いない。 「どうしましょう、三上さん」  なぜ自分に聞くのだ。辻の手下や同級生、あまり頼りにならないが三年生だってきっとこの中にいるはずなのに。 「どうしましょうったって……その梅原ってのは何しに来たんだろう。一応助けてやったんだろ?」 「恥かかされたって思ってるんじゃないすか?きっと前みたいに人質取って辻さんを呼び出す気ですよ」 「一人で?」 「仲間はどっかに隠れてるのかも」  真島の意見には疑問が残る。だったらわざわざこんな人気の多いところに大将が人質をつれて来るだろうか。手下を使って辻を呼び出しておいて大人数で叩きのめす方が定石ではないか。  ひょうろりひょうろり、笛の音が聞こえ出す。ミコの舞がはじまった。観衆の目がすべて練習場の中に注がれる。  田中は下を向いてろくに周りを見ていないが、梅原は大きな体をさらに伸ばして、練習場の中を伺っている。それでも見えないのか眉をしかめて不機嫌そうな顔になった。  なんだかわからないが、梅原も中が見たいのだ。  だったら見せてやろうじゃないか。  真島が止める間もなく、竜一は梅原に向かって歩き出した。 「お兄さん、俊英の人かい?」  近寄ってみるとますます大きい。よくまぁこんな男と喧嘩できたものだ。内心とは裏腹に竜一は何も事情を知らずに無邪気に話しかけてきた地元民のふりをして話しかけた。 「わざわざ来たのに見たいだろう。さ、こっち来なよ」  驚く田中に目配せをして、竜一は梅原の腕をとり、観衆に向かって大きく叫んだ。 「わざわざ他の町から来た人がいるんだ、ちょっと見せてやってくれよ」  そうかそうかと観衆が通り道を開けてくれる。そこを竜一はぐいぐい引っ張っていった。梅原はあっけにとられて引きずられていく。  人垣が割れて視界が開ける。竜一と梅原は扉の開かれた練習場の真ん前に飛び出した。

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