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愛人と本妻(11)

 先週はテスト週間だったので、宿題はそこそこだったが、代わりに課外の課題をたっぷり出されている。  天気の良い日曜だったが、予習復習分までこなしているとあっという間に日は傾いていた。日曜は自分で夕食をつくらねばならない。自分の分だから冷や飯にレトルトカレーで簡単にすませようと、竜一は自室を出て台所に向かった。  お湯を沸かす間、洗濯物をとりこむ。窓を開けると冷たい風が部屋に吹き込んできた。洗濯物をつかんで部屋に放り投げていると、否が応でも白波止が目に入ってくる。  風が幻想を呼び覚ます。  例えば、坂口が梅原を突き落とすところに遭遇したら、辻が梅原を救助するのに協力しただろうか。  辻の命令だからといって、田中のように素直に警察を呼びに行くとは思えない。むしろ、辻が警察を呼べと言ったのは意外に感じるし、今もかすかにそう思っている。  海のこどもは警察の介入を嫌う。と言ってもその場に立ったら辻の命令には服従してしまう可能性も高いのだが。  梅原が刃物を持っているのを見つけたのが自分だったらどうだろう。  梅原の手に刃がぎらりと光り、辻に向かっていったら。  やはり坂口を同じ行動をとっていたかもしれない。  辻に「考えなくていい」と言われても想像止められなかった。 白波止は夕日を浴びてオレンジ色に染まっている。向かい合う赤波止と一対となって、竜一の妄想さえ包み込むように悠々とコンクリートの腕を広げている。  竜一は想像の中で坂口と同化していく自分が嫌でたまらなかった。 『殺してやる』  この言葉は明確に坂口だけに向けられた殺意ではなかったかもしれない。  しかし坂口もふくまれていたのだ。  殺したいほど憎い相手と自分が重なり合うイメージは、自分の中から沸いて出た問いかけ――「誰を殺したいんだ」をも蘇らせ、竜一の心を乱した。  想像に沈潜する竜一の頬を、錐が刺すようなひときわ冷たい風が掠めた。  我にかえると、窓の下に人の気配がした。  アパートの入り口に今帰ってきたらしい辻とその両親が見える。  父親は一応背広姿だったが、下は相変わらず長靴だ。  いつもチェックの割烹着姿の母親も珍しくスカートをはいている。  辻はというと父親の借り物なのか、肩の余っただぶだぶの背広に一丁前にネクタイをしめていた。  二階の竜一の存在に気づいたのは母親だった。親しげに手を振ってくる。父親は目を細めて会釈してくれた。竜一も頭を下げて挨拶していると、辻と目があった。照れくさい、というには固い表情だった。  辻はすっと目をそらして一人さっさとアパートの中に入っていった。  まるで、余所者を見るような目つきだった。

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