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愛人と本妻(13)
駅前の交差点で手を振って一団と分かれ、一人、汽車に乗って運ばれていると妙な空白を感じた。今まで孤独になったから、一人でいるからといって感じたことのない、腹から内蔵が抜け落ちてしまったような感覚だ。
今までは学校に行くときは、戦闘とまではいかないが、かなりつよい緊張を強いられていた。それが強いられるも何も消えてしまったのだ。この空白の正体がつかめぬまま、校門をくぐり、教室の入った。自分の席についてもなんだかまだ、腹に力が入らなかった。
ぼんやりと窓辺の席に座る竜一に、数人の男女が近寄ってきた。
実に珍しい出来事だ。二年になってからも竜一はほとんど誰とも喋らなかった。周囲の人間も「この子はその方が気楽なのかもしれない」と遠巻きに見てくれるようになり、これ幸いと必要最低限の会話だけですませている。
それをわざわざ、席まできて話しかけようとするのだ。画期的と言っていい。
「おはよう、三上くん」
「おはよう……」
学校での人間関係が希薄な竜一にとって顔と名前が一致しない同級生もかなりいたが、話しかけてきたのは常に学年トップの成績を維持しつつ、美術部の部長をこなしている隣のクラスの間城だった。間城は学校でも有名人だ。竜一も含めて多くの生徒や教師にとっては意味不明な“芸術活動”に勤しむ『陽気な変人』として名を馳せている。
「三上くんの町の神楽がすごいって、聞いたんだけど、見たことあるかい?」
「ああ、毎年見てるよ。練習見に行くときもある。すごいかどうかは……ま、見てみりゃわかるよ」
「私たちも見たいんだけど、どこでいつやってるの?」
こちらの女子はたしか東とか言ったか。去年は同じクラスだったはずだ。
東は驚くほど手際がよく、竜一の住む町の地図と時刻表を用意していた。間城と東は熱心に竜一に質問してくる。練習場までの経路、時間、マナー、本番の日取り、場所などはともかくとして、どういう舞なのか、その由来、祭りの歴史にまで尋ねられて辟易してしまった。
「住んでるからってなんでも知ってるわけじゃないよ。とにかく、見りゃわかる。そんなに堅苦しいところじゃない」
一緒にやってきたひょろっと背の高い男子――名前はわからない――は二人を制するでもなく、にやにやしながらやりとりを見ている。そして「二人を許してやってくれ」とでも言うように竜一に向かってこっそりと苦笑いを送った。
竜一も苦笑で返すしかなかった。
授業が始まっても、竜一は驚きの中にいた。こんな離れた他校のものまで熱心に話題にしているなんて、
『本当にスターになっちまうのかなぁ』
町内だけでの盛り上がりすら少し怖いと思ってきていたのに、さらに広がる辻への期待と人気に、竜一は何とも言えず変な気持ちになった。
人気が出る前から知っている芸能人が急に人気者になると、古くからのファンは人気が出たのが嬉しいような、独占したままにしておきたいような、複雑な心境に陥るというが、今の自分の気持ちはそれに近いかもしれないと思った。
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